約束手形の裏書人が、その所持人に対して、自己の償還義務について消滅時効の利益の放棄ないし債務の承認をしたうえ、専ら自己に対する信頼に基づいて右手形を取得した所持人本人及びその代理人である弁護士に対して、再三にわたり、しかも振出人の債務とは必ずしも関係なく自己固有の債務として手形金の支払義務があることを認めるような態度を示し、同人らに確実にその履行がされるものとの期待を抱かせながら、のちに右態度をひるがえし、その信頼を裏切つて償還義務を履行しようとせず、やむなく右所持人より提起された手形金請求訴訟においても当該手形の裏書自体を否認したりその他種々の主張を提出して引延しとみられる抗争をすることによりその審理に長期間を費やさせ、その間に所持人が専ら裏書人を信頼してその義務履行が確実にされるものと期待する余り振出人に対する手形金請求権についての消滅時効中断の措置を怠つたがために振出人の手形金支払義務が消滅したのに乗じ、これに伴い自己の償還義務も当然消滅するに至つたとしてその履行を免れようとする所為に出ることは、信義則に反し許されない。
約束手形の裏書人が振出人の手形金支払義務の時効による消滅に伴い自己の所持人に対する償還義務も消滅したとしてその履行を免れようとすることが信義則に反し許されないとされた事例
手形法50条1項,手形法70条1項,手形法77条1項4号,手形法77条1項8号,民法1条2項
判旨
振出人の手形債務が時効消滅した際、裏書人の償還義務も原則として消滅するが、裏書人が債務承認等により所持人に強い信頼を与え、かつ不当な訴訟遅延等によって振出人の時効完成を招いた場合には、信義則上、償還義務の消滅を主張することは許されない。
問題の所在(論点)
振出人の手形金支払義務が消滅時効により消滅した場合に、自己の償還義務を承認し履行の期待を抱かせた裏書人が、振出人の時効消滅を理由として自らの償還義務の消滅を主張することが許されるか(手形法上の付随性と信義則の関係)。
規範
約束手形の振出人の手形金支払義務が消滅時効により消滅した場合には、裏書人の償還義務もこれに伴って消滅するのが原則である。しかし、裏書人が自己の償還義務につき、時効利益の放棄や債務承認を行い、振出人の債務とは無関係に自己固有の債務として支払う態度を示して所持人に履行の期待を抱かせた後、訴訟上の引延し行為等によって振出人の時効完成を招き、その後に振出人の債務消滅を理由として自らの義務を免れようとすることは、著しく信義則(民法1条2項)に反し、許されない。
重要事実
本件各手形の受取人兼裏書人である上告人は、自らの償還義務の時効完成後、所持人である被上告人に対し、「絶対に迷惑をかけず責任をもって返済する」旨の確認書を差し入れ、一部弁済も行った。上告人は弁護士であり、被上告人はその信用に基づき手形を取得していた。しかし、上告人は手形金請求訴訟において、裏書の成立を否認するなど引延しとみられる抗争を継続し、審理が長期化する間に振出人の債務につき3年の消滅時効が完成した。上告人は、振出人の債務消滅に伴い自己の償還義務も消滅したと主張した。
あてはめ
上告人は、時効完成後に自らの償還義務を一次的・終局的なものとして承認し、所持人に確実な履行の期待を抱かせた。それにもかかわらず、訴訟において引延しとみられる不当な抗争を続け、所持人が振出人に対する時効中断措置を怠る事態を招いた。このように、所持人の信頼を裏切って振出人の時効完成を待ち、その結果を利用して自己の義務を免れようとする行為は、先行態度の矛盾および不当な訴訟上の戦術として、著しく信義に反するといえる。
結論
上告人は、振出人の債務が時効消滅したことを理由として、裏書人としての償還義務を免れることはできない。
実務上の射程
手形法上の付随性の原則(振出人の債務が消えれば裏書人の債務も消える)を前提としつつ、具体的な事情(債務承認、人的信頼関係、不当な訴訟遅延等)がある場合に民法1条2項による修正を図る枠組みとして機能する。司法試験では、時効完成後の承認と付随性の抗弁が競合する場面での解決指針として重要である。
事件番号: 昭和51(オ)1187 / 裁判年月日: 昭和52年11月15日 / 結論: 破棄差戻
金銭を借用するにあたり、借主甲が、借受金の弁済確保のため甲の振り出す約束手形になんぴとか確実な保証人の裏書をもらつてくるよう貸主乙から要求されたため、丙に依頼して右手形に丙の裏書を受けたうえ、これを乙に手交して金銭の貸渡しを受けたという事実関係があるだけでは、右手形が金融を得るために用いられることを丙において認識してい…