会社を被申請人とする仮処分命令が、同会社に対しては被保全権利が存在しないとして取り消された場合においても、右会社の取締役が会社の営業と競合する事業を個人として営んでいたため、仮処分申請人が被申請人を右取締役個人とすべきであるにもかかわらず、これを右会社と誤認した等判示の事実関係のもとにおいては、右仮処分命令を取り消す判決が確定しても、この一事をもつて、ただちに右申請人に過失があつたものとすることはできない。
仮処分命令が不当であるとして取り消された場合において仮処分申請人に過失があるとはいえないとされた事例
民法709条,民訴法756条,民訴法745条2項
判旨
仮処分命令が被保全権利の不存在を理由に取り消された場合、申請人には原則として過失が推認される。しかし、相手方の属性が極めて紛らわしいなど、申請に及んだことについて相当な事由がある特段の事情があれば、過失は否定される。
問題の所在(論点)
不当な仮処分が取り消された場合における申請人の過失の有無、及び、真の義務者の特定が困難な事情がある場合に過失推認を覆す「相当な事由」が認められるか。
規範
不当な仮処分に基づく損害賠償責任(民法709条)において、仮処分命令が本案敗訴等により取り消された場合は、特段の事情のない限り、申請人に過失があったものと推認するのが相当である。もっとも、申請人がその挙に出るについて「相当な事由」がある場合には、過失は否定される。特に、相手方が会社か個人かが諸般の事情により極めて紛らわしく、かつ仮処分の実効性確保のための隠密性・緊急性の要請がある場合には、相当な事由が認められやすい。
重要事実
上告人は、隣接地の帰属を巡り紛争中であった土地の整地工事を止めるため、被上告会社を相手方として仮処分を申請し執行した。上告人が会社を相手とした理由は、同土地の工事主体である代表者Dから会社の肩書入りの名刺や年賀状を受け取っており、会社が事業主体だと判断したためである。しかし、後の本案訴訟等で工事主体が会社であるとは認められず、仮処分は取り消された。原審は、上告人が旧所有者等に調査すれば真の主体を判明し得たとして過失を認めた。
あてはめ
本件では、会社の取締役Dが個人として会社事業と紛らわしい事業を営んでおり、第三者から見て事業主体が会社か個人か判別が困難であった。また、仮処分の執行に際し執行吏が会社の下請人と判断して執行しても異議が出なかった事実に照らせば、上告人が会社を相手方としたことは無理からぬ面がある。仮処分には隠密性・緊急性が求められ、紛争相手に内部関係を照会して信頼ある回答を期待することも困難である。したがって、他に容易に真実を知り得る特段の事情がない限り、安易に調査を尽くさなかったとして過失を認めることはできない。
結論
原審が上告人に過失があるとした判断には、違法な仮処分による不法行為の過失に関する法令の解釈適用の誤りがある。原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
司法試験では、不当仮処分の不法行為責任における「過失の推認」を前提としつつ、本判例を「過失推認を覆す特段の事情(相当な事由)」を肯定する枠組みとして活用する。特に、相手方の特定が客観的に困難な事情や、仮処分の緊急性を重視して、申請人の調査義務を一定の範囲に限定する論法として有用である。
事件番号: 昭和53(オ)608 / 裁判年月日: 昭和57年7月1日 / 結論: 破棄差戻
甲に対してパチンコ遊技場の経営権を譲渡しこれとの間で自己名義では同一町内でパチンコ営業をしない旨の競業禁止契約を締結した乙が、右契約に前後してかねて親交のあつた丙を勧誘してパチンコ営業をすることを決意させ、同一町内で土地建物を買い受け旧建物を解体して店舗用建物を建築し風俗営業の許可申請を警察に提出するなどの開業準備をさ…
事件番号: 昭和35(オ)729 / 裁判年月日: 昭和37年12月25日 / 結論: 棄却
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事件番号: 平成9(オ)411 / 裁判年月日: 平成11年10月26日 / 結論: その他
名誉毀損の行為者において刑事第一審の判決を資料としてその認定事実と同一性のある事実を真実と信じて摘示した場合には、特段の事情がない限り、摘示した事実を真実と信ずるについて相当の理由がある。