無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まつて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、民法二〇条にいう「詐術」にあたるが、黙秘することのみでは右詐術にあたらない。
無能力者であることを黙秘することと民法二〇条にいう「詐術」
民法20条
判旨
制限行為能力者の「詐術」(民法21条)は、積極的術策のみならず、他の言動と相まって相手方の誤信を誘起・強化する場合を含むが、単なる黙秘だけではこれに当たらない。また、詐術の認定には、能力者であると信じさせる目的が必要である。
問題の所在(論点)
制限行為能力者が自己が能力者であることを黙秘していた場合、民法21条の「詐術」に該当し、取消権が排除されるか。
規範
民法21条にいう「詐術を用いたとき」とは、無能力者が能力者であることを誤信させるため、相手方に対し積極的術策を用いた場合に限られない。普通に人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合も包含する。したがって、無能力者であることを黙秘していた場合でも、それが他の言動などと相まって相手方を誤信・強化させたときは詐術に当たるが、単に黙秘していたことの一事をもって詐術に当たるということはできない。また、詐術に当たるというためには、能力者であることを信じさせる目的をもってしたことを要する。
重要事実
準禁治産者(旧法)であるDは、自ら所有する農地に抵当権を設定して金員を借り受けていたが、利息を支払わなかったため、本件土地を売却するに至った。Dは一連の取引の過程で、自身が準禁治産者であることを相手方に告げず黙秘していた。さらに、Dは「自分のものを自分が売るのに何故妻に遠慮がいるか」と発言した。相手方はこれらをもって、Dが詐術を用いて取消権を喪失したと主張した。
あてはめ
Dは終始一貫して準禁治産者であることを黙秘していたが、本件売買に至るまでの経緯(抵当権設定から利息不払による売却)に照らせば、この黙秘が直ちに相手方の誤信を誘起・強化する積極的言辞と結びついたものとは認められない。また、「自分のものを売るのに妻に遠慮は不要」との発言も、本人の能力に関する言及ではなく、単なる権利行使の正当性を述べるものにすぎない。加えて、Dに相手方を信じさせる目的があったとも認められない。したがって、単なる黙秘の事実は、他の言動と相まって詐術を構成するほどのものとは評価できない。
結論
単なる黙秘は詐術に当たらない。したがって、Dは依然として制限行為能力を理由に本件売買を取り消すことができ、取消権は排除されない。
実務上の射程
黙秘が「詐術」に当たるための限界を示した重要判例である。答案上は、まず「積極的術策」に限定しない規範を示しつつ、沈黙が詐術となるには「他の言動と相まって誤信を誘起・強化」したか、および「信じさせる目的」があったかを、具体的言動の評価を通じて検討する際に用いる。
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