民法第一六二条第二項にいう占有者の善意・無過失とは、自己に所有権があるものと信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失のないことをいい、占有者において、占有の目的不動産に抵当権が設定されていることを知り、または、不注意により知らなかつた場合でも、ここにいう善意・無過失の占有者ということを妨げない。
抵当不動産の占有と民法第一六二条第二項にいう善意・無過失
民法162条2項,民法397条
判旨
不動産の時効取得において、占有開始時に目的物に抵当権が設定されていることを知り、または不注意により知らなかった場合であっても、民法162条2項にいう善意・無過失の占有を妨げない。また、差押えによる時効中断の効力は、時効を援用すべき者に通知されない限り、その者に対して生じない。
問題の所在(論点)
1. 占有開始時に目的不動産に抵当権およびその登記が存在する場合、民法162条2項の「善意・無過失」は否定されるか。 2. 登記名義人に対する差押えの効力が生じた場合、登記を経ていない占有者に対する関係で時効中断の効力が生じるか。 3. 「公然」の占有の意義。
規範
1.「公然」の占有とは、占有の存在を知るにつき利害関係を有する者に対し、占有の事実をことさら隠蔽しないことをいう。執行吏や競落人が占有者の『所有の意思』を知り得なかったとしても、直ちに隠秘の瑕疵があるとはいえない。 2.「善意・無過失」とは、自己に所有権があるものと信じ、かつ、そのように信じるにつき過失がないことをいう。目的物に抵当権の設定およびその登記があることを知り、または不注意により知らなかったとしても、これを妨げない。 3.差押えによる時効中断は、時効の利益を受ける者(所有権取得登記を経ていない時効完成前占有者等)に対し、その旨の通知がなされない限り、中断事由として効力を生じない(民法155条参照)。
重要事実
事件番号: 昭和26(オ)327 / 裁判年月日: 昭和28年12月15日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】不動産の譲受人が、贈与を受けたと信じて占有を開始した場合、民法162条2項の「無過失」は、贈与により所有権を取得したと信じることについて過失がなければ足りる。この際、不動産に贈与者名義の登記があることを知っていたか否かは、過失の有無の判断に影響しない。 第1 事案の概要:上告人は、本件不動産を贈与…
不動産の占有者(被上告人)が、所有の意思をもって10年間占有を継続し、短期取得時効の成立を主張した。当該不動産には、占有開始前から抵当権が設定・登記されており、その後、抵当権に基づく競売開始決定がなされ差押えの登記も行われていた。しかし、占有者は所有者として登記されていなかったため、差押えの通知は受けていなかった。上告人側は、抵当権の存在を知り得た以上は「無過失」ではないこと、および差押えにより時効が中断したことを主張して争った。
あてはめ
1. 「善意・無過失」の対象は自己の所有権の存否であり、抵当権という制限物権の存否ではない。したがって、抵当権の設定登記を知り、または過失により知らなかったとしても、自己に所有権があると信じるにつき過失がないことを妨げるものではない。 2. 本件では競売開始決定に基づき差押えの効力が生じているが、被上告人は所有者として登記されておらず、差押えの通知もなされていない。民法155条の趣旨に鑑み、通知がない以上は中断の効果を被上告人に主張できない。 3. 被上告人は占有の事実を隠蔽しておらず、執行吏等がその内心的態様である「所有の意思」を認識できなかったとしても、占有自体は「公然」といえる。
結論
被上告人の善意・無過失および公然の占有は認められ、かつ差押えによる時効中断も生じない。したがって、被上告人の短期取得時効が成立する。
実務上の射程
取得時効の要件に関する重要判例。特に「善意・無過失」の対象が『完全なる所有権』ではなく『自己に所有権があること』への主観的信憑であることを明確にした点に実務上の意義がある。答案では、抵当権付き物件の占有者が時効取得を主張する場面で、162条2項の要件充足性を肯定する論拠として活用する。
事件番号: 昭和27(オ)371 / 裁判年月日: 昭和29年12月24日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】隠居による財産留保は、家督相続人との合意があれば確定日付がなくとも当事者間では有効であり、また財産全部を留保しても当然には無効とならない。これに基づき有効に留保したと信じて占有を継続した者について、取得時効における善意・無過失を認めた。 第1 事案の概要:隠居したDが、家督相続人との合意に基づき本…
事件番号: 平成7(オ)1203 / 裁判年月日: 平成12年1月27日 / 結論: その他
一 渉外的な法律関係において、ある法律問題(本問題)を解決するために不可欠の前提問題が国際私法上本問題とは別個の法律関係を構成している場合、その前提問題の準拠法は、法廷地である我が国の国際私法により定めるべきである。 二 渉外親子関係の成立の判断は、まず嫡出親子関係の成立についてその準拠法を適用し、嫡出親子関係が否定さ…
事件番号: 昭和33(オ)547 / 裁判年月日: 昭和34年4月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産を時効取得した占有者は、時効完成後に当該不動産を譲り受け登記を了した第三者に対し、登記がなければ時効による権利取得を対抗できない。また、当該第三者が時効取得の事実について悪意であっても、背信的悪意者と評価される特段の事情がない限り、同様である。 第1 事案の概要:1.上告人ら51名は、本件山…
事件番号: 昭和37(オ)970 / 裁判年月日: 昭和38年2月21日 / 結論: 棄却
山林の所有権取得時効の基礎要件たる占有は、時効援用者の単独占有でなければならない。