一、水虫の治療として約二年三箇月の間に前後四四回にわたり罹患部分に合計五〇四〇レントゲン一線量の照射を加え、皮膚癌が、その照射部分についてのみ発生した等原判決の確定した事実関係(原判決理由参照)のもとでは、右皮膚癌の発生には、前記レントゲン線照射がその主要な原因となつているものと認めるのが相当である。 二、前項の場合において、水虫の治療にあたつた医師が、根治療法ではなく対症療法にすぎないレントゲン線照射を患者の左右足蹠について行ない、皮膚癌の発生の危険を伴わないとされていた線量をはるかにこえる合計五〇四〇レントゲン線量を照射し、しかも、他の医師によりレントゲン線照射による皮膚障害を発見されではじめて中止した等原判決の確定した事実関係(原判決理由参照)のもとでは、前記医師は、業務上の注意義務を怠つた過失があるというべきである。
一、水虫の治療方法たるレントゲン線照射が皮膚癌発生の主要な原因となつているとされた事例 二、前項の場合においてレントゲン線照射により水虫の治療をした医師の過失が認められた事例
民法709条,国家賠償法1条
判旨
医師は患者の生命・健康を管理する業務の性質上、診療当時の医学的知識に基づき、副作用等の危険を防止するため実験上必要とされる最善の注意義務を負う。水虫という重大でない疾患に対し、癌発生の危険を伴う過大な放射線照射を行うことは、治療効果と危険性の調和を欠き、医師の注意義務に反する。
問題の所在(論点)
不法行為(民法709条)上の過失の有無。特に、副作用のリスクがある治療法を選択・継続する際、医師が尽くすべき注意義務の具体的内容と、治療効果と危険性の比較衡量(比例原則的判断)が問題となる。
規範
医師は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を負う。具体的には、診療当時の医学的知識に基づき、治療方法の効果と副作用などすべての事情を考慮し、万全の注意を払って治療を実施しなければならない。特に、治療の効果と、それによって生じ得る危険度との調和を図るべき義務がある。
重要事実
水虫(汗疱性白癬)に罹患した患者に対し、医師が約2年3ヶ月の間に前後44回、合計5040レントゲン線量に及ぶ放射線照射を行った。水虫に対する放射線照射は対症療法に過ぎないが、本件の照射量は一般に皮膚癌発生の危険を伴わないとされる限度を大幅に超える過大なものであった。その後、照射部位に皮膚癌が発生し、患者は両下腿切断を余儀なくされた。
あてはめ
まず、放射線照射と皮膚癌発生の間に統計的因果関係が認められ、本件でも照射部位にのみ癌が発生していることから因果関係が肯定される。次に過失について、水虫の治療は対症療法に過ぎず、死に至るような重大な疾患ではない。これに対し、5040レ線量という照射は癌発生の危険を伴う過大なものである。治療効果を上げるために癌招来の危険を冒すことは、研究目的や患者の承諾等の特段の事情がない限り、治療効果と危険度の調和を著しく欠く。したがって、細心の注意を払って重大な障害発生を回避すべき業務上の注意義務を怠ったといえる。
結論
医師には業務上の注意義務違反(過失)が認められ、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
実務上の射程
医療過失における「医学的水準」と「注意義務」の基準を示したリーディングケース。特に、生命に別状のない疾患の治療のために重大な副作用のリスクを冒すことの違法性を判断する際の「期待利益とリスクの相関関係」という視点は、現代の薬害や侵襲的治療の事案でも通用する枠組みである。
事件番号: 平成4(オ)251 / 裁判年月日: 平成8年1月23日 / 結論: その他
医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。 (補足意見がある。)