一、使用者が、あらたな就業規則の作成または変更によつて、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないが、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解すべきである。 二、従来停年制のなかつた主任以上の職にある被用者に対して、使用者会社がその就業規則であらたに五五歳の停年制を定めた場合において、同会社の般職種の被用者の停年が五〇歳と定められており、また、右改正にかかる規則条項において、被解雇者に対する再雇用の特則が設けられ、同条項を一律に適用することによつて生ずる苛酷な結果を緩和する途が講ぜられている等判示の事情があるときは、右改正条項は、同条項の改正後ただちにその適用によつて解雇されることに上なる被用者に対しても、その同意の有無にかかわらず、効力を有するものと解すべきである。 三、就業規則は、当該事業場内での社会的規範であるだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、法的規範としての性質を認められるに至つているものと解すべきである。
一、労働者に不利益な労働条件を一方的に課する就業規則の作成または変更の許否 二、五五歳停年制をあらたに定めた就業規則の改正が有効とされた事例 三、就業規則の法的性質
労働基準法89条,労働基準法93条,民法92条
判旨
就業規則は合理的である限り法的規範性を有し、内容を周知していれば個別の同意がなくとも労働者を拘束する。不利益変更についても、その内容が合理的であれば労働者はこれを拒否できず、当然に適用を受ける。
問題の所在(論点)
就業規則の変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことができるか。特に、個別の同意がない場合にその拘束力が認められるための要件が問題となる。
規範
就業規則は、その内容が合理的なものである限り、事実たる慣習(民法92条)として法的規範性を有する。したがって、就業規則の作成・変更により既得利を奪い不利益な労働条件を一方的に課すことは原則として許されないものの、当該規則条項が「合理的」なものである限り、個々の労働者が同意しないことを理由にその適用を拒否することはできない。
事件番号: 昭和56(オ)1173 / 裁判年月日: 昭和58年7月15日 / 結論: 棄却
就業規則たる退職金支給規定の一方的変更が、従業員に対し変更実施日以降の就労期間は退職金算定の基礎勤続年数に算入されなくなるという不利益を課するものであるにもかかわらず、その代償となる労働条件が何ら提供されず、また、右不利益を是認させるような特別の事情もないときは、右変更は合理的なものということができず、従業員に対し効力…
重要事実
被上告会社に入社した上告人(管理職)には、入社当時から停年の定めがなかった。その後、会社は就業規則を改正し、「主任以上の職にある者は満55歳を以て停年とする」旨の条項を新設。当時すでに55歳を超えていた上告人に対し、会社は本条項に基づき解雇の通知を行った。上告人は、一方的な不利益変更であり、同意がない以上無効であると主張して争った。
あてはめ
まず、停年制自体は人事刷新や経営改善等の目的から一般に不合理な制度とはいえない。本件の55歳という年齢も、業界の実情や一般職(50歳)との比較において妥当である。また、再雇用の特則により過酷な結果を緩和する措置が講じられており、実際に上告人に対しても再雇用の意思表示がなされていた。さらに、他の同職種従業員の多くも本条項を肯定的に受け入れていた。これらを総合考較すれば、本件停年条項の変更は合理的であると認められる。
結論
本件就業規則の変更は合理的であり、上告人は同意の有無にかかわらずその適用を拒否できない。したがって、本件解雇は有効である。
実務上の射程
就業規則の不利益変更に関する「合理性」の法理を確立したリーディングケース。労働契約法10条の規定の基礎となった。答案では、周知性と合理性の二段構えで論じ、合理性の判断要素(変更の必要性、不利益の程度、代償措置、社会的相当性等)を具体的事実から抽出する際の枠組みとして活用する。
事件番号: 平成4(オ)2122 / 裁判年月日: 平成9年2月28日 / 結論: 棄却
銀行が、就業規則を変更し、五五歳から六〇歳への定年延長及びこれに伴う五五歳以降の労働条件を定めた場合において、従前は、勤務に耐える健康状態にある男子行員が希望すれば五八歳までの定年後在職制度の適用を受けることができるという事実上の運用がされており、右変更により、定年後在職者が五八歳まで勤務して得ることを期待することがで…
事件番号: 昭和25(ク)65 / 裁判年月日: 昭和27年7月4日 / 結論: 却下
労使双方の合意に基き、就業規則中に「就業規則の改正は労働組合との協議によつて行う」旨定めた場合であつても、特段の事情のないかぎり、その協議を経ないでした右規則の改正を無効とはいえない。