一、中性子の衝撃による天然ウランの原子核分裂現象を利用するエネルギー発生装置は、右原子核分裂に不可避的に伴う危険を抑止し、定常的かつ安全に作動するまでに技術的に完成されていないかぎり、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)一条にいう工業的発明にあたらない。 二、明細書において、発明の技術的内容がその技術分野における通常の知識経験をもつ者にとつて反覆実施できる程度にまで具体化、客観化されて記述されていないものは、技術的に未完成で、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)一条にいう工業的発明にあたらない。 三、特許出願当時においてその発明が技術的に完成したものであつたかどうかを判断するについては、右出願後において判明した事実を資料とすることも許される。
一、危険の防止および安全な作動が装置の発明完成の要件とされた事例 二、明細書の記述不備によつて発明を技術的に未完成と認めることの当否 三、発明の完成の有無を判断する資料の範囲
旧特許法(大正10年法律第96号)1条
判旨
発明が「完成」したというためには、その技術内容が当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げられる程度に具体化・客観化されている必要がある。特に原子炉のような装置については、単に稼働するだけでなく、定常的かつ安全にエネルギーを取り出せる程度に制御・危険防止手段が確立されていなければならない。
問題の所在(論点)
1. 特許法上の「発明の完成」の要件は何か(特に安全性や定常的作動の要否)。 2. 発明の完成の有無を判断するにあたり、明細書の記載不備を理由とすることができるか。 3. 発明が完成していたか否かの判断において、出願後の知見を資料とすることができるか。
規範
1. 発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり、特許法上の発明として認められるには、その技術内容が、当該技術分野における通常の知識・経験を有する者がこれを反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならない。これに至らないものは「未完成」の発明であり、特許の対象とならない。 2. 発明の完成か否かは、出願時の明細書の記載(図面を含む)に基づいて判断される。明細書に発明を容易に実施できる程度の記載がない場合は、技術的に未完成と解される。 3. 発明の完成を判断する基準時は「出願時」であるが、その判断の資料として、出願後に判明した知識や事実を用いることは許される。
重要事実
上告人は、1939年にフランスで最初になされた出願に基づき、天然ウランの核分裂を利用したエネルギー発生装置(原子炉)について特許出願を行った(本願発明)。しかし、当時の明細書には、連鎖反応を継続させるための「臨界量」の測定方法や具体的数値、使用物質の純度、中性子吸収の影響を考慮した構築材料の選定、さらには「遅発中性子」の制御を含む安全確保のための具体的手段についての記載が不十分であった。特許庁および原審は、これら不備により本願発明は技術的に未完成であるとして、特許を認めなかった。
あてはめ
1. 本願発明は工業的エネルギー発生装置を目的とする以上、単なる実験用具とは異なり、定常的かつ安全に作動するまでの技術的完成が必要である。核分裂に伴う多大な危険を抑止する具体的手段は、その技術内容に不可欠な要素である。 2. 本件明細書では、臨界量の開示がなく、物質の純度や不均質構成の必要性、放射線による材料への影響、制御方法等の具体的記述が欠けている。これらは当時の技術水準(通常の知識)をもってしても容易に補完しうる事項とはいえない。 3. 明細書に記載された内容が、出願当時の技術水準において実施不可能なほど不十分であれば、発明そのものが客観的に構成されていない「未完成」のものと評価される。 4. 出願時に発明が完成していたかを判定する際、後日に判明した原子炉の作動条件等に照らして、当時の記述内容の実現可能性を検証することは何ら妨げられない。
結論
本願発明は、定常的・安全に作動させるための具体的構成が客観化されているとはいえず、技術的に未完成である。したがって、旧特許法1条にいう発明に該当せず、特許を受けることができない。
実務上の射程
「発明の完成」と「実施可能要件(開示要件)」の関係を整理した重要判例である。現行法下でも、明細書の記載から実施方法が不明確な場合には、単なる記載不備にとどまらず、発明そのものが未完成(法2条1項の「発明」非該当)として拒絶・無効理由となる法理として援用される。特に先端技術分野において、理論的な可能性に留まり具体的手段を欠く出願を排除する際の有力な規範となる。
事件番号: 昭和49(行ツ)107 / 裁判年月日: 昭和52年10月13日 / 結論: 破棄差戻
特許出願にかかる発明が発明として未完成のものである場合には、特許法二九条一項柱書にいう発明にあたらないことを理由として、特許出願について拒絶をすべきである。