一 公務員の退職願の撤回は、免職辞令の交付があるまでは、原則として自由であるが、辞令交付前においても、これを撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には、撤回は許されないものと解すべきである。 二 教育長は、教育委員会の補助機関として教育公務員の退職願およびその撤回の意思表示を受領する権限を有する。 三 公務員の退職願の撤回が免職辞令の交付前になされた場合において、右退職願の提出が提出者本人の都合に基き進んでなされたものではなく五五歳以上の者に勇退を求めるという任免権者の都合に基く勧告に応じてなされたものであり、撤回の動機も五五歳以上の者で残存者があることを聞き及んだことによるもので、あながちとがめ得ない性質のものであるという事情があり、しかも撤回の意思表示が右聞知後遅怠なく退職願の提出は後一週間足らずの間になされており、その時には、すでに任免権者の側で退職承認の内部的決定がなされていたとはいえ、本人が退職の提出前に右事情を知つていたとは認められないのみならず、任免権者の側で、本人の自由意思を尊重する建前から撤回の意思表示につき考慮し善処したとすれば、爾後の手続の進行による任免権者の側の不都合は十分避け得べき状況にあつたと認められるような事情がある場合には、退職願を撤回することが信義に反すると認むべき特段の事情があるものとは解されないから、右撤回は有効と認むべきである。
一 公務員の退職願の撤回が許される時期 二 教育長と教育公務員の退職願およびその撤回の意思表示の受領権限 三 公務員の退職願の撤回が有効とされた事例
民法1条,教育委員会法(昭和23年法律170号)52条の3,地方教育行政の組織及び運営に関する法律17条
判旨
公務員による退職願の撤回は、免職辞令の交付前であれば原則として自由であるが、撤回が信義に反すると認められる特段の事情がある場合には許されない。本件では撤回が遅滞なくなされており、信義則に反する特段の事情はないため、撤回は有効である。
問題の所在(論点)
公務員が行った退職願の提出を、免職処分の辞令交付前に撤回することができるか。また、その撤回が制限される場合の判断基準、および口頭による撤回の有効性が問題となる。
規範
公務員の退職願の撤回については、明文の規定がない以上、一般法理の見地から決すべきである。免職辞令の交付により免職処分が有効に成立した後は撤回の余地がないが、それ以前は、退職願自体が独立の法的意義を有するものではないため、原則として撤回は自由である。ただし、免職辞令交付前であっても、撤回が信義に反すると認められる特段の事情がある場合には、行政秩序の維持の観点から撤回は許されない。また、撤回の方式は口頭でも足り、教育委員会の補助機関である教育長への申出も有効である。
事件番号: 昭和35(オ)694 / 裁判年月日: 昭和37年7月13日 / 結論: 破棄自判
一 小学校教諭が三月二五日に学校長に退職願を提出したが、同日夜撤回を決意し、翌二六日学校長に対し撤回方の尽力を依頼し、翌二七日市教育委員会学校教育課長に撤回を申し入れ、さらに、翌二八日に県教育委員会委員長に対し、退職願取消の申入と題する自己名義の文書に押印し発送した場合は、年度末教員の大異動が差し迫つていたからといつて…
重要事実
村立小中学校の教員であった被上告人は、55歳以上の教員に勇退を求める任命権者(村教育委員会)側の勧告に応じ、退職願を提出した。その後、55歳以上で残留する者がいることを知った被上告人は、提出から1週間足らずのうちに、教育長に対して口頭で退職願の撤回を申し出た。この時、教育委員会内部では既に退職承認の決議がなされていたが、免職辞令の交付はまだ行われていなかった。
あてはめ
本件における退職願の撤回は、辞令交付前になされており原則として自由である。また、提出が本人の積極的希望ではなく当局の勧告によるものであること、他者の残留を知り遅滞なくなされたものであること、提出から撤回まで1週間足らずであることに照らせば、撤回は「あながちとがめ得ない性質のもの」といえる。内部決議がなされていたとしても、任命権者が適切に対処すれば手続上の不都合は回避可能であった。したがって、撤回が信義に反する「特段の事情」があるとは認められない。さらに、教育長は教育委員会の補助機関として受領権限を有するため、口頭による撤回の意思表示は有効に成立している。
結論
被上告人による退職願の撤回は有効であり、その後の退職願提出を前提とした免職処分は違法として取り消されるべきである。
実務上の射程
行政上の形成手続(同意や申請)を要する処分において、処分決定前の撤回の可否を判断するリーディングケースである。答案上では、辞令交付前という「時点」による原則論を立てた上で、(1)撤回に至る経緯(自由意思の程度)、(2)撤回時期(遅滞の有無)、(3)行政側の手続進行状況、(4)撤回の動機の正当性、などを「信義則」の枠組みで総合考慮する際の指針となる。
事件番号: 昭和37(オ)701 / 裁判年月日: 昭和38年11月26日 / 結論: その他
町の支所長が、町長の都合に基づく強引な勧告に応じて退職願を提出したが、即日撤回を決意し、翌日町長に宛てた退職願を取り消すとの書面を町役場に送付した場合は、その間、町長において辞令書を郵便に付し、また後任の事務取扱者を任命した事実があつても、当時の客観的情勢としては急速に後任者の発令をする必要が認められなかつたことをも勘…
事件番号: 昭和33(オ)878 / 裁判年月日: 昭和34年2月13日 / 結論: 棄却
地方自治法第七四条の二第八項の訴訟には行政事件訴訟特例法第二条の適用はない。