一 当座勘定取引のため小切手を振出す代理権しかない者が、その代理権消滅後、代理人と称して約束手形を振出した場合に、受取人が右代理権の消滅につき善意無過失で、右の者に手形振出の権限があると信じるにつき正当の理由を有するときは、本人は受取人に対し振出人としての責任を免れない。 二 無権代理人の振出した約束手形につき、本人が民法第一一〇条及び第一一二条に基き振出人としての責任を負うときは、受取人からその手形の裏書譲渡を受けた者に対しても、その者の善意悪意を問わず、振出人としての責任を免れない。
一 小切手振出の代理権消滅後の手形振出と本人の責任 二 手形の受取人に表見代理の成立する場合と所持人に対する本人の責任
民法110条,民法112条,手形法8条,手形法14条
判旨
消滅した代理権を超えて代理行為が行われた場合、民法112条と110条が重畳適用され、相手方が権限ありと信ずべき正当な理由があるときは、本人は表見代理の責任を負う。また、受取人に対して表見代理が成立する手形振出につき、振出人は被裏書人に対しても手形上の責任を負う。
問題の所在(論点)
1. 代理権消滅後の権限外の行為に対し、民法112条と110条を重畳適用できるか。 2. 民法110条の適用において、従前の代理権と代理行為との間に関連性は必要か。 3. 受取人に対して表見代理が成立する場合、その後の被裏書人に対しても責任を負うか。
規範
1. 代理権が消滅した後に、消滅した代理権の範囲外の行為が行われた場合、民法112条及び110条の法意により、相手方が代理権があると信ずるにつき「正当な理由」があるときは、本人はその責任を免れない。 2. 民法110条は、代理行為が当初の代理権の事項と関係があるか否かを問わず適用される。 3. 「正当な理由」とは、諸般の事情に照らし、普通の注意力を有する者の挙措として無理がないことをいう。 4. 手形振出において受取人に対し表見代理が成立する場合、手形の裏書譲渡により一切の権利が移転するため、振出人は被裏書人に対しても手形上の責任を負う。
重要事実
上告会社の元経理部長Dは、銀行取引の代理権を有していたが、企画部長への異動に伴い当該権限を喪失した。その後、Dは会社を代理して受取人Hに対し本件約束手形を振り出した。Hは、Dから経理部長の名刺を交付され、手形の支払場所である銀行にDの資格を照会したところ、銀行側の解任届処理の遅滞により、Dに依然として代理権がある旨の回答を得たため、Dに権限があると信じて手形を取得した。その後、本件手形は被上告人に裏書譲渡された。
あてはめ
1. Dはかつて銀行取引の代理権を有していたが振出時は消滅しており、かつ振出行為は従前の範囲外であるため、民法112条・110条が重畳適用される。 2. HはDから経理部長の名刺を受け、かつ支払銀行へ照会して権限の存在を確認しており、これ以上の調査をせずとも、普通の注意力を有する者としてDに権限があると信ずるにつき正当な理由がある(民法110条、112条)。 3. Dの権限外の行為が従前の当座勘定取引と無関係であっても、110条の適用は妨げられない。 4. 受取人Hに対し表見代理による手形上の責任が生じている以上、権利を承継した被裏書人に対しても、会社は振出人としての責を負う。
結論
上告会社は民法112条、110条の法意に基づき、受取人Hに対し手形上の責任を負い、その権利を承継した被上告人に対しても支払の責を免れない。
実務上の射程
消滅後の権限外行為に112条・110条の重畳適用を認めたリーディングケースである。手形法理においても、原因関係における表見代理の成立が手形上の責任に直結すること、および被裏書人への責任承継を肯定する点で実務上重要である。答案では、正当な理由の判断において相手方の調査の程度(本件では銀行への照会)を重視すべきである。
事件番号: 昭和32(オ)620 / 裁判年月日: 昭和36年12月12日 / 結論: 棄却
約束手形が代理人によりその権限を越えて振り出された場合、手形受取人がその権限あるものと信ずべき正当の理由を有しないときは、その後の手形所持人は、たといこのような正当理由を有していても、民法第一一〇条の適用を受けることができない。