一 請負人の報酬債権に対し注文者がこれと同時履行の関係にある瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思表示をした場合、注文者は、相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負う。 二 (省略)
一 請負人の報酬債権と注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償債権との相殺がされた後の報酬残債務について注文者が履行遅滞による責任を負う時期 二 仮執行宣言に基づく給付金に商事法定利率による金員を付加してその支払を求める民訴法一九八条二項の申立てが認容された事例
民法412条,民法506条2項,民法533条,民法634条2項,民訴法198条2項,商法514条
判旨
請負人の報酬債権に対し、注文者が瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権として相殺した場合、相殺後の報酬残債務について履行遅滞責任を負うのは、相殺の意思表示をした日の翌日からである。
問題の所在(論点)
請負契約において、注文者が瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権として報酬債権と相殺した場合、相殺後の報酬残債務に関する履行遅滞責任の起算点はいつか。相殺の遡及効と同時履行の抗弁権による履行遅滞の阻止効果の優劣が問題となる。
規範
請負人の報酬債権と注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償債権(民法634条2項)は同時履行の関係にある。相殺の意思表示により債権が相殺適状時に遡って消滅する(民法506条2項)としても、相殺の意思表示をするまでは、同時履行の抗弁権の存在によって履行遅滞責任を負わないという効果は妨げられない。ただし、瑕疵の程度や当事者の交渉態度に照らし、同時履行の主張が信義則に反する場合はこの限りではない。
重要事実
請負人(被上告人)は注文者(上告人)との間でホテル新築請負契約を締結し、建物を引き渡したが、報酬の一部が未払であった。建物には大規模な防水工事未施工等の瑕疵があり、その修補費用(損害賠償額)は1,560万9,000円に及んだ。注文者は訴訟において、右損害賠償債権を自働債権とし、報酬債権と相殺する旨の意思表示をした。原審は、相殺の遡及効により相殺適状時(引渡時)から遅延損害金が発生すると判断した。
事件番号: 昭和52(オ)1306 / 裁判年月日: 昭和53年9月21日 / 結論: 棄却
請負人の注文者に対する報酬債権と注文者の請負人に対する目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権とは、右両債権額が異なる場合であつても相殺することが許される。
あてはめ
本件建物の瑕疵修補に要する費用は高額であり、注文者はこれに代わる損害賠償債権を有している。注文者が相殺を主張するまでは、報酬債務全額について損害賠償債権との同時履行を主張し得た。本件において同時履行の主張が信義則に反すると認めるべき特段の事情は存在しない。したがって、相殺の遡及効にかかわらず、注文者が相殺の意思表示をした日までは、同時履行の抗弁権の存在により履行遅滞責任は発生しない。
結論
注文者は、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負う。原判決のうち、相殺の意思表示前からの遅延損害金の支払を命じた部分は破棄される。
実務上の射程
請負人の報酬請求に対する瑕疵損害賠償による相殺の事案において、遅延損害金の計算実務に直結する。答案では「遡及効(506条2項)」と「抗弁権による違法性阻却」の関係を整理する際に用いる。また、判例が示唆するように、瑕疵が極めて軽微であるにもかかわらず全額の支払を拒むような場合は、信義則による制約を検討すべきである。
事件番号: 平成5(オ)1924 / 裁判年月日: 平成9年2月14日 / 結論: 棄却
請負契約の目的物に瑕疵がある場合には、注文者は、瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等にかんがみ信義則に反すると認められるときを除き、請負人から瑕疵の修補に代わる損害の賠償を受けるまでは、報酬全額の支払を拒むことができ、これについて履行遅滞の責任も負わない。