請負契約の目的物に瑕疵がある場合には、注文者は、瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等にかんがみ信義則に反すると認められるときを除き、請負人から瑕疵の修補に代わる損害の賠償を受けるまでは、報酬全額の支払を拒むことができ、これについて履行遅滞の責任も負わない。
請負契約の注文者が瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬全額の支払との同時履行を主張することの可否
民法1条2項,民法412条,民法533条,民法634条
判旨
請負契約の注文者は、瑕疵修補に代わる損害賠償債権をもって報酬残債権全額との同時履行を主張できるのが原則であるが、瑕疵が重要でなく修補費用も僅少であるなど、全額の支払拒絶が信義則に反すると認められる特段の事情がある場合には、その主張は制限される。
問題の所在(論点)
請負の目的物に瑕疵がある場合に、注文者が瑕疵修補に代わる僅少な損害賠償債権を理由として、報酬債権全額について同時履行の抗弁を主張することが許されるか。
規範
請負の目的物に瑕疵がある場合、注文者の損害賠償債権と請負人の報酬債権は同時履行の関係に立つ(民法634条2項、現559条・533条)。注文者は原則として報酬全額の支払を拒絶でき、履行遅滞責任も負わない。ただし、瑕疵の程度(重要性・修補費用の過分性)や各当事者の交渉態度等に鑑み、報酬全額の支払を拒むことが信義則(1条2項)に反すると認められるときは、同時履行の抗弁は否定または制限される。
重要事実
請負人Xは、注文者Yとの間で納屋の解体・住居の新築工事(代金1650万円等)を締結し、建物を引き渡したが、約1184万円の報酬が未払であった。建物には10箇所の瑕疵(床の盛り上がり、強度不足の施工、小屋の未設置等)があり、修補費用は計約132万円であった。Yは損害賠償債権との同時履行を主張して報酬全額の支払を拒んだ。なお、Yは解決金1000万円の支払を提案したが、Xは具体的な対案を示さず拒否し、早期に提訴に踏み切っていた。
事件番号: 平成5(オ)2187 / 裁判年月日: 平成9年7月15日 / 結論: その他
一 請負人の報酬債権に対し注文者がこれと同時履行の関係にある瑕疵修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思表示をした場合、注文者は、相殺後の報酬残債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負う。 二 (省略)
あてはめ
本件瑕疵は和室床の水平不良や無断の不適切な施工等を含み、契約目的が居住用住宅であることに照らせば重要でないとはいえず、修補費用も過分とはいえない。また、Yは1000万円を預託して交渉に臨むなど誠実な態度を示しているのに対し、Xは対案も示さず交渉を打ち切っている。これら諸事情を勘案すれば、Yが報酬全額について同時履行を主張することは信義則に反するものとはいえない。
結論
注文者による報酬全額の支払拒絶は正当であり、同時履行の抗弁が認められる(履行遅滞責任も負わない)。
実務上の射程
司法試験では、請負の報酬請求権に対する抗弁として「瑕疵修補に代わる損害賠償債権(559条、533条準用)」を立てる際、報酬額と賠償額に著しい乖離がある場合の信義則による修正として引用する。原則として全額拒絶可能としつつ、瑕疵の軽微性と交渉経緯から例外的に制限される枠組みを示す際に有用である。
事件番号: 昭和37(オ)408 / 裁判年月日: 昭和38年2月12日 / 結論: 棄却
工事の請負契約において、引渡した目的物に未完成部分があつても、その部分が未払代金に比し極めて軽微であるときには、信義則上代金支払期日の未到来を主張することは許されないと解すべきである。
事件番号: 昭和52(オ)1306 / 裁判年月日: 昭和53年9月21日 / 結論: 棄却
請負人の注文者に対する報酬債権と注文者の請負人に対する目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権とは、右両債権額が異なる場合であつても相殺することが許される。