一 鑑定は、裁判所が裁判上必要な実験則等に関する知識経験の不足を補給する目的で、その指示する事項につき、第三者をして新たに調査をなさしめて、法則そのもの又はこれを適用して得た具体的事実判断等を報告せしめるものである。 二 鑑定人がいわゆる鑑定事項の調査をなすに際して、特別な知識経験を必要とする場合、その知識経験は必ずしも鑑定人その人が自ら直接経験により体得したもののみに限定すべきいわれはなく、鑑定人は他人の著書等によるとその他如何なる方法によるとを問わず、必要な知識を会得した上、これを利用して鑑定をなすことができる。
一 鑑定の意義 二 鑑定人とその鑑定を為すに必要な特別の知識経験
刑訴法165条
判旨
鑑定人が他人の研究成果や確率論を自己の知識として理解・応用して鑑定を行うことは、裁判所の知識経験の不足を補うという鑑定の性質上、許容される。鑑定人が直接の経験により体得した知識に限定される必要はなく、他人の著書等から得た知識を基にした鑑定結果も証拠能力を有する。
問題の所在(論点)
鑑定人が自ら体得した知識ではなく、他人の研究成果(確率論等)を利用して鑑定を行った場合、その鑑定は刑事訴訟法上の証拠として許容されるか。また、鑑定の性質に照らし、鑑定人に求められる「知識経験」の範囲が問題となる。
規範
鑑定とは、裁判所が専門的知識経験の不足を補うため、第三者に法則やその適用結果を報告させるものである。人類の知識経験は共有資産であり、他人の発見した自然法則であっても、著書等を通じて自己の知識とすることができる。したがって、鑑定人が調査に際して必要とする専門的知識は、必ずしも自らの直接経験により体得したものに限定されず、他人の研究成果を理解・承認した上で自己の知識として応用し、鑑定を行うことも妨げられない。
重要事実
被告人が殺人罪に問われた事案において、検察側は、現場等に付着していた人血痕が被告人のものと同一である可能性を示す鑑定結果を証拠として提出した。この鑑定は、B鑑定人がA教授の考案した確率論を応用して行ったものであった。弁護人は、当該鑑定が他人の調査(A教授の確率論)に基づいたものであるから違法であると主張し、証拠能力を争った。また、第一審で押収された血痕付着の白シャツについても、その存在を状況証拠として引用することの適法性が問題となった。
事件番号: 昭和26(れ)1529 / 裁判年月日: 昭和26年11月20日 / 結論: 棄却
原判決は、所論裁判官Aを陪席裁判官の一員として昭和二六年三月二六日仙台高裁で開かれた公判に基ずいて言渡されたものであつて、右Aが同判決のあつた当時判事の身分を有し、仙台地方裁判所であつたことは当裁判所に顕著なことであり(仙台高等裁判所事務局長は単にその事務取扱を委嘱されていたに過ぎない)、「高等裁判所は裁判事務の取扱上…
あてはめ
本件において、B鑑定人はA教授の確率論を単に引用したのではなく、内容を理解・承認した上で自己の知識として応用している。具体的には、血痕の血液型の同一性や付着時期の時間的間隔がないこと等の事実に基づき、確率上同一人の血液である可能性が高いという判断を自らの見解として報告した。これは裁判所の知識経験を補完する鑑定の目的に合致する。また、白シャツについても、被告人が着用を自認し、目撃証言とも整合する情況証拠として適法に証拠調べが行われており、事実認定の資料とすることに違法はない。
結論
鑑定人が他人の著書や研究から得た知識を応用して鑑定を行うことは適法であり、本件鑑定および証拠物件を事実認定の資料とした原判決に訴訟法上の違反はない。上告棄却。
実務上の射程
専門的知見を前提とする鑑定の証拠能力に関する基礎的な判例である。鑑定人が依拠した理論が確立されたものであるか、あるいは鑑定人がその内容を真に咀嚼して自己の判断として述べているかが重要となる。答案上は、鑑定の科学的妥当性や専門性の担保を論じる際の補助的規範として活用できる。
事件番号: 昭和26(れ)2125 / 裁判年月日: 昭和28年3月27日 / 結論: 棄却
被告人が昭和二三年一一月一二日同一会社に事務員として勤務中の婦女を殺害した動機は、被告人が同年七月頃より被害者と情交関係を結び、その結果同女は妊娠したので会社における自己の立場に鑑みその処置に苦慮したがためであると認めるにあたり(情交から殺害までの期間四ケ月余)、被害者が妊娠六ケ月に達する男性の胎児を有する旨の鑑定書を…
事件番号: 昭和37(あ)2693 / 裁判年月日: 昭和38年9月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】裁判所が被告人の供述や態度、他の証拠等から犯行時に精神異常がなかったとの心証を得た場合、専門家による鑑定を命じなくても経験則違反の違法はない。また、被告人側の証拠調べ請求に対し、裁判所が必要でないと認めて却下することは憲法37条2項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人の弁護人は、被告人の精神状…
事件番号: 昭和25(れ)1449 / 裁判年月日: 昭和26年2月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】事実誤認を理由とする上告は、刑事訴訟法応急措置法13条2項に基づき、適法な上告理由には当たらない。 第1 事案の概要:被告人が上告を提起したが、弁護人が主張した上告趣意の内容は事実誤認を主張するものであった。 第2 問題の所在(論点):事実誤認の主張が、当時の刑事訴訟手続(刑事訴訟法応急措置法等)…
事件番号: 昭和23(れ)2030 / 裁判年月日: 昭和24年5月17日 / 結論: 棄却
殺人被告事件において、被告人が過失による傷害である旨の主張は、旧刑訴法第三六〇条第二項の主張にはあたらない。