奈良県某町で旬間新聞を編集発行している者が、同町議会議員某において自警廃止論より同存置論に変節したのを批判するにあたり、同人が片手を喪失していることと結びつけ某日の同紙上に「南泉放談」と題し、同町民に呼びかけた文中に「当町議立候補当時の公約を無視し、関係当局に廃止の資料の提出を求めておきながら、わずか二、三日後に至つて存置派に急変したヌエ的町議もあるとか。君子は豹変するという。しかも二、三日のわずかの期間内での朝令暮改の無節操振りは、片手落の町議でなくては、よも実行の勇気はあるまじく、肉体的の片手落は精神的の片手落に通ずるとか?石田一松ではないが、ハヽ呑気だねとお祝詞を申上げておく。」と執筆掲載しこれを頒布した場合には、公然事実を摘示して右町議会議員某の名誉を毀損したものとして、名誉毀損罪が成立する。
相手方の氏名を明示しない公務員に関する新聞記事が名誉毀損罪を構成する事例
刑法230条,刑法230条の2
判旨
名誉毀損罪において、記事中に被害者の氏名が明示されていなくても、周囲の事情から特定の個人を指すことが容易に判別できる場合は被害者の特定を欠かない。また、公務員の政治的態度への批判であっても、身体的不具という公務と無関係な事実を殊更に関連付けて誹謗する表現は、公益目的を欠き名誉毀損罪を構成する。
問題の所在(論点)
1. 被害者の氏名が明示されていない記事について、名誉毀損罪における被害者の特定が認められるか。 2. 公人の批判を目的とする表現であっても、公務と無関係な身体的事実を挙げて誹謗する場合に、違法性阻却の前提となる公益性が認められるか。
規範
1. 名誉毀損罪の客体である被害者の特定は、氏名の明示がない場合であっても、証拠を総合してそれが特定の個人に関するものであることが容易に判別できる場合には認められる。 2. 刑法230条の2第1項に基づく違法性阻却については、表現の内容が専ら公益を図る目的(公益性)に基づくものであることを要し、公人の態度に対する批判の形式をとりつつ、公務と無関係な私的な事実(身体的不具等)を殊更に結びつけて誹謗するものは、公益目的を欠くものと解される。
重要事実
被告人は、町議会議員である被害者Aの政治的態度(朝令暮改的な無節操ぶり)を批判する記事を執筆・掲載した。その際、被害者の氏名は明示していなかったが、内容から容易にAのことであると分かる状態であった。また、記事中では「肉体的の片手落は精神的の片手落に通ずる」等の表現を用い、被害者の身体的不具という公務とは無関係な事実を、その政治的態度と結びつけて誹謗した。
あてはめ
1. 被害者の特定について:本件記事には氏名の明示はないが、証拠を総合すればそれがAに関するものであることは容易にわかる場合であるといえ、被害者の特定に欠けるところはない。 2. 公益性について:被告人は、被害者の政治的無節操振りが真実であるとの証明がないにもかかわらず、これを身体的不具という公務と何ら関係のない事実とことさらに結びつけて「ヌエ的町議」等と執筆した。これは、単に公人としての態度に警告を加えるといった公益上の立場からなされたものとはいえず、公然と誹謗したものと評価される。
結論
本件記事は被害者の特定を欠くものではなく、かつ公益目的による正当な批判の範囲を逸脱しているため、名誉毀損罪が成立する。
実務上の射程
被害者の特定の程度について「容易に判別可能か」という基準を示した点、および刑法230条の2の適用において、公務と無関係な属性(身体的特徴等)への攻撃が公益性の否定につながるという判断枠組みを示す際に活用できる。
事件番号: 昭和41(あ)2598 / 裁判年月日: 昭和42年10月13日 / 結論: 棄却
国会通信、自民党通信、株主通信等の新聞、パンフレツト等を編集、発行している者が、同紙上に確実な根拠もないのに、A電力株式会社の役員甲、乙がその職務に関し、業者丙から賄賂を収受した旨の記事を掲載し、これを一般多数人に頒布して甲、乙、丙の名誉を毀損した事実について、名誉毀損罪の成立を是認した判決が、憲法第二一条に違反すると…