一 Xが、確証もないのに、YにおいてX方庭先の燻炭囲の菰に放火したものと思い込み、X方でYの弟Aおよび火事見舞に来た村会議員Bに対し、またY方でその妻C、長女Dおよび近所のE、F、G等に対し、問われるままに、「Yの放火を見た」、「火が燃えていたのでYを捕えることはできなかつた」旨述べたときは(その結果、本件ではYが放火したという噂が村中に相当広まつている。)不定多数の人の視聴に達せしめ得る状態において事実を摘示しYの名誉を毀損したものとして名誉毀損罪が成立する。 二 右の場合、XがY(未起訴)において放火したものと誤信していたとしても、記録およびすべての証拠上、Yが右放火の犯人であることが確認できないときは、刑法第二三〇条ノ二にいう「真実ナルコトノ証明」がなされなかつたものとして、Xは名誉毀損の罪責を免れることができない。
一 名誉毀損罪の成立する事例 二 刑法第二三〇条ノ二にいう「真実ナルコトノ証明アリタルトキ」に当らない事例
刑法230条,刑法230条ノ2
判旨
名誉毀損罪(刑法230条1項)における「公然」とは、不特定または多数の人が認識し得る状態を指し、伝播の可能性があれば、特定の少数者に対する事実の摘示であっても同要件を満たす。また、摘示された事実が真実であるとの証明がない限り、免責は認められない。
問題の所在(論点)
特定の少数者に対する事実の摘示、および質問に対する応答という形式での事実摘示が、名誉毀損罪における「公然」の要件を満たすか。また、真実性の証明がない場合の刑事責任の有無が問題となる。
規範
刑法230条1項にいう「公然」とは、不特定または多数の人が認識し得る状態をいう。たとえ特定の少数者に対して事実を摘示した場合であっても、それが不特定または多数の人に伝播する可能性(伝播性の理論)がある状態であれば、「公然」の要件を充足する。また、事実摘示の態様が質問に対する応答であっても、犯罪の成否に影響しない。
重要事実
被告人は、特定の人物(H)が火災の放火犯人である旨の事実を摘示した。当該事実は、質問に対する回答として述べられたものであったが、その場にいた者やその後の状況から、不特定多数の人が視聴し得る状態においてなされたものであった。なお、証拠上、Hが放火犯人であると確認することはできず、摘示事実が真実であるとの証明はなされなかった。
あてはめ
被告人の事実摘示は、たとえ質問への回答という形式をとっていたとしても、客観的に不特定多数の人がその内容を認識し得る状態(公然性)で行われたものである。本件記録上の証拠に照らしても、指摘された人物が放火犯であるという確実な証拠はなく、摘示された事実が真実であることの証明がなされたとはいえない。したがって、名誉毀損罪の構成要件を充足し、違法性阻却事由も存在しないと判断される。
結論
被告人の行為は、不特定多数の人が認識し得る状態で事実を摘示したものとして「公然」の要件を満たし、かつ真実性の証明もないため、名誉毀損罪が成立する。
実務上の射程
本判決は、伝播性の理論を前提に「公然」の意義を広く解する実務上の運用を確認するものである。答案作成上は、特定の少数者への発言であっても、それが不特定多数へ広まる客観的可能性があれば公然性を肯定する論理として活用できる。また、真実性の証明(刑法230条の2)が厳格に求められる点も実務上重要である。
事件番号: 昭和29(あ)1679 / 裁判年月日: 昭和31年5月8日 / 結論: 棄却
相手方に対し「この泥棒が」と申向けたにすぎない場合にも、相手方の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を述べたものと認め得る場合がある。