一 「被告人は甲日、某信用組合において、事務員Aが誤つて他人に支払うべき払戻金三万五千円を被告人に提供せんとするや右誤信に乗じてこれを受け取り騙取した」との詐欺の事実(主たる訴因)と「被告人は甲日某信用組合事務員の過失により他人に支払うべき払戻金三万五千円を受領し帰宅後、事務員Bより財布の内容を尋ねられるや、領得の意思でその返還を拒否して着服横領した」との横領の事実(予備的訴因)とは、公訴事実の同一性があるし控訴審において、これを右はA事務員の真意に基かない授受であるとして、占有離脱物横領と認定することも、公訴事実の同一性を害しない。 二 右の場合、横領を占有離脱物横領と認定するには訴因罰条の変更手続を経るを要しない。
一 公訴事実に同一性の認められる一場合 二 一審で横領と認定した事実を控訴審で訴因罰条の変更手続を経ることなく占有離脱物横領と認定することの適法な一場合
刑訴法312条,刑訴法256条,刑訴規則209条,刑法246条,刑法252条,刑法254条
判旨
詐欺の訴因と占有離脱物横領の事実は、基本的事実関係において同一であるから公訴事実の同一性が認められる。また、一審の横領罪の認定を二審が訴因変更なしに占有離脱物横領罪としても、被告人の防御に実質的不利益がない限り違法ではない。
問題の所在(論点)
1. 詐欺の当初訴因と占有離脱物横領の事実との間に公訴事実の同一性が認められるか。2. 横領罪の訴因に対し、訴因変更手続を経ずに占有離脱物横領罪を認定することが許されるか(訴因変更の要否)。
規範
1. 公訴事実の同一性(刑事訴訟法312条1項)は、基本的事実関係が同一であるか否かによって決すべきである。具体的には、犯行の日時、場所が近接し、同一財物、同一被害者に対する領得罪であれば、基本的事実において異ならない。2. 裁判所が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる事実を認定できるかは、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるか否かによって判断する。
重要事実
被告人は、信用組合において他人に支払われるべき預金払戻金3万5000円を不法に領得した。検察官は詐欺の訴因を主位的に、横領の訴因を予備的に設定していたが、一審は訴因変更を経て横領罪の成立を認めた。これに対し二審は、訴因変更手続を経ることなく、一審の横領の認定を占有離脱物横領罪(遺失物等横領罪)に変更して自ら判決を言い渡した。弁護人は、詐欺と占有離脱物横領の間には公訴事実の同一性がなく、また訴因変更なしの認定は違法であると主張して上告した。
あてはめ
1. 本件詐欺の基本事実は預金払戻金の不法領得であり、認定された占有離脱物横領の事実とは、日時・場所が近接し、かつ同一財物・同一被害者に対する領得罪であるから、基本的事実関係において同一であり、公訴事実の同一性の範囲内にある。2. 横領罪(委託信託関係あり)と占有離脱物横領罪(委託関係なし)は、同一事実に対する法律的評価の差異にすぎない。本件では、被告人側自らが占有離脱物横領として認定すべき旨を主張していたことや、後者の法定刑がより軽いことを考慮すれば、訴因変更手続を経ずとも被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあったとは認められない。
結論
公訴事実の同一性は認められ、また防御に実質的不利益がないため、訴因変更手続を経ずに占有離脱物横領罪を認定した原判決に違法はない。
実務上の射程
公訴事実の同一性(312条1項)に関する「基本的事実関係同一説」の典型例として、財産犯間の流動的な認定を肯定する際に活用できる。また、訴因変更の要否(判決の不意打ち防止)の判断において、被告人側の主張内容や法定刑の軽重から「実質的不利益」を否定するあてはめの手法として有用である。
事件番号: 昭和28(あ)4910 / 裁判年月日: 昭和30年6月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】公訴事実の同一性の有無は、基本的事実関係が同一であるか否かによって判断される。横領罪と詐欺罪の各公訴事実について、基本的事実関係が異なり同一性が認められない場合には、二重処罰の禁止や一事不再理効の抵触は生じない。 第1 事案の概要:被告人は、昭和24年に横領罪で起訴され、昭和27年に無罪判決が確定…
事件番号: 昭和27(あ)5607 / 裁判年月日: 昭和28年3月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】詐欺罪(刑法246条)の成立において、欺罔行為と財産的処分の間の因果関係は、被害者が被告人の虚偽の申し入れを真実であると信頼し、その信頼があったからこそ財産的処分(金融)に応じたという関係が認められれば足りる。 第1 事案の概要:被告人は、C生命保険相互会社に対し、融資を申し入れるに際し、Dがその…