農業協同組合の販売主任又は倉庫係である被告人両名が、同組合倉庫に保管中の政府所有米の俵数が不足しているのを発見した結果、単に政府所有米の俵数を増して在庫俵数のつじつまを合せておくだけの目的で、同組合長の管理する右倉庫中の政府所有米の各俵から米をすこしずつ抜き取り、これを倉庫外には全然持ち出すことなく、その倉庫内でその米によつて同じような米俵を作り、これを同じ場所に政府所有米として積んでおいたに過ぎない場合には、その米に対する事実上の支配の奪取及び不法領得の意思がないため、窃盗罪は成立しない。
財物に対する事実上の支配の奪取及び不法領得の意思がないため窃盗罪の成立しない一事例
刑法235条
判旨
倉庫内の米を抜き取り、同一倉庫内で新たな米俵を作成して備え置く行為は、占有の移転が認められず、かつ経済的用法に従い利用処分する意思も欠くため、窃盗罪は成立しない。
問題の所在(論点)
同一倉庫内で米を抜き取り新俵を作成して備え置く行為について、占有の移転(占取)および不法領得の意思が認められるか。
規範
窃盗罪(刑法235条)が成立するためには、①他人の占有する財物を自己の事実上の支配下に移す「占取」の事実があること、および②権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用処分する「不法領得の意思」があることを要する。
重要事実
農業協同組合の職員である被告人らは、倉庫に保管中の政府所有米につき、過去の紛失事件の責任追及を免れる(在庫俵数のつじつまを合わせる)目的で、倉庫内の多数の米俵から少しずつ米を抜き取り、同一倉庫内で新たに計39俵の新俵を作成した。被告人らはこれらを正当な米俵として政府の出庫指令に従い庫出しする意図で、元の保管場所に積み置いていた。
あてはめ
(1)占有の移転について:抜き取られた米は終始、組合長の管理する倉庫内に留まっており、被告人らがこれに対し事実上の支配を取得したとは認められないため、占有の侵害(占取)はない。 (2)不法領得の意思について:被告人らの意図は在庫俵数のつじつまを合わせることにあり、抜き取った米を自ら食用に供したり転売したりする目的はなかった。すなわち、米を政府所有物として扱い、経済的用法に従い実質的に自己の物として利用処分する意思は欠けていたといえる。
結論
被告人らの行為は、事実上の支配の奪取(占取)を欠き、かつ不法領得の意思も認められないため、窃盗罪は成立しない。
実務上の射程
本判決は、窃盗罪の成立要件として「占有の移転」と「不法領得の意思」の双方を厳格に要求している。隠匿目的や、本件のように単なる形式上の帳尻合わせ目的で財物を移動させたに過ぎない事案において、窃盗罪の成否を否定する際の強力な先例となる。
事件番号: 昭和28(あ)955 / 裁判年月日: 昭和29年9月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】窃盗罪が成立するためには、権利者を排除して他人の物を自己の所有物として振る舞い、その経済的用法に従い利用・処分する意思(不法領得の意思)が必要である。商慣習に基づく正当な行為と認められない限り、当該意思の存在を肯定し得る。 第1 事案の概要:被告人が他人の財物を取得した行為について、被告人側は、当…