一 原審の認定した事実によれば、本件詐欺は俗にモミと称する詐欺賭博によるものであつて、見物人には一の数字を書いた紙玉を落し入れると称して金を賭けさせ、金を賭けたものが一の数字のある紙玉を拾い上げたときは賭金の三倍相当の金をやり、もし他の数字のある紙を拾うたときはその賭金は胴元の所得とするという方法であり、被告人においては一の数字のある紙玉を「数他玉中に落して混ぜるように見せかけ、実際は混入せず巧に自分の手中で他の数字を書いた紙玉と取替え」るというのであるから、賭金した見物人には勝つ機会が全くないに拘らず、その機会があるかのように欺罔して賭金を騙取するのである。論旨は、モミ賭博に手品が介在することは社会常識であるから詐欺にはならないと主張するがかかる場合に客は手品に乗らないつもりで賭けても胴元の手品に引かかるのであるから、やはり錯誤に陥つた結果金銭を交付するのであつて詐欺の要件を具えていることはいうまでもない。 二 原審の認定した本件詐欺の方法は、第一点に説明した通りであつて、原判決の認識した事実は賭金した見物人には勝つ機会が全くないのに拘らずその機会があるように「盛にその方法によつて客に勝負をすすめ、被告人AとB、C等は見物人の中に居て勝負するように見せかけて客を誘う所謂サクラの役をつとめ、被告人Dは見張となつて戒の役をしていると見物人中のEことF(当時二十五年)がうまく欺しの手に乗つて勝負しようと決定し」たというのであるから欺罔着手のあつたことは極めて明白である。 三 旅行中の船客は多少の金銭を所有するのが普通であり又他人から金銭を借りることもできたかも知れないのであるからたまたまFが賭金に足りるだけの金銭を持つていなかつたと仮定しても金銭騙取という結果発生の可能性はあつたのである。されば、詐欺の被害物件がないのに犯罪成立するものとした違法があるとの論旨は理由がない。
一 「モミ」賭博の方法と詐欺罪の成立 二 いわゆる「モミ」賭博による詐欺の実行の着手 三 被害者の金銭の不所持と「モミ」賭博による詐欺未遂罪の成否
刑法246条1項,刑法43条,刑法60条,刑法246条,刑法250条
判旨
勝つ機会が全くない詐欺賭博において、その機会があるかのように装って客を誘い、客が勝負を決心した段階で詐欺罪の実行の着手が認められる。また、被害者がたまたま賭金に足りる現金を所持していなかったとしても、他人からの借入れの可能性等があれば、詐欺罪は不能犯とならず成立する。
問題の所在(論点)
1.勝つ機会のない詐欺賭博において客を誘引する行為が詐欺罪の欺罔行為にあたるか。2.被害者が勝負を決心した時点で実行の着手が認められるか。3.被害者が手元に十分な現金を所持していなかった場合でも、詐欺罪は成立するか(不能犯の成否)。
規範
詐欺罪(刑法246条1項)における実行の着手は、財物交付に向けた欺罔行為が開始された時点をもって認められる。賭博の形式を借りた欺罔行為において、客に勝つ機会がないにもかかわらず、その機会があるかのように装って誘引する行為は、欺罔行為そのものである。また、実行の着手後の結果発生の可能性(不能犯の成否)については、当該時点における具体的状況に照らし、客観的に結果発生の危険性が認められれば足りる。
重要事実
被告人らは「モミ」と称する詐欺賭博を企画した。その内容は、当たり(一の数字)の紙玉を引けば賭金が3倍になるが、実際には被告人が手品によって当たりの紙玉を混入させず、客には絶対に勝つ機会がないというものであった。被告人らは、サクラを使い客を誘い、見張り役を置いて客に勝負を勧めた。被害者Fはこれに騙され勝負を決心したが、船室に金を取りに行く必要があった。弁護人は、手品の介在は社会常識であり錯誤がないこと、及びFが当時金を持っていなかったため結果発生の可能性がないことを主張した。
あてはめ
1.被告人らは当たりを絶対に出さない手口を用いながら、勝つ機会があるかのように装っており、客が手品にかからないつもりでいたとしても、結果として欺罔により錯誤に陥る以上、詐欺罪の要件を充足する。2.サクラを用いて客を誘い、被害者Fがこれに騙されて「勝負しようと決心した」時点では、既に欺罔行為が開始されており、実行の着手があったといえる。3.Fが一時的に金銭を持っていなかったとしても、旅行客であれば他から借りるなどの方法で金銭を工面できる可能性があり、金銭騙取という結果発生の危険性は否定されない。したがって不能犯にはならない。
結論
被告人らには詐欺罪が成立する。客に勝つ機会がない賭博へ誘う行為は欺罔にあたり、客が決心した時点で実行の着手が認められ、現金の不所持は犯罪の成立を妨げない。
実務上の射程
詐欺賭博における実行の着手時期と不能犯の判断基準を示した事例である。欺罔行為が形式的な賭博の勧誘であっても、実態として勝機を奪っている場合は詐欺罪が構成される点、及び被害者の具体的資力については客観的な結果発生の可能性(危険性)があれば足りるという実務上の判断枠組みとして活用できる。
事件番号: 昭和31(あ)1552 / 裁判年月日: 昭和34年5月19日 / 結論: 棄却
屑鉄商である被告人が、製鋼会社の屑鉄納入商の下請商に屑鉄を供給するにあたり、右会社計量場における検収に際し、秤量器に操作して同所検収係員を欺罔して水増秤量させ、その結果を実量と誤信させて検収せしめた以上、右下請商に対する水増秤量分の屑鉄代金騙取の実行の着手があつたものと認められる。