被告人が飼犬証票なく且つ飼主分明ならざる犬は無主犬と看做す旨の警察規則を誤解した結果鑑札をつけていない犬は他人の飼犬であつても直ちに無主の犬と看做されるものと誤信し他人所有の犬を撲殺し、その皮を剥いだ場合は器物毀棄並びに窃盗罪の犯意を欠く。
毀棄並びに窃盗罪について犯意を欠く一事例(非刑罰放棄の錯誤は犯意を阻却するか)
刑法38条1項,刑法38条3項,刑法235条,刑法261条
判旨
被告人が警察規則等を誤解し、他人の飼犬であっても鑑札のないものは無主の犬とみなされると信じて撲殺した場合、客観的に他人の所有物であっても、その事実の認識を欠いていた(事実の錯誤)可能性があるため、故意の成否を慎重に判断すべきである。
問題の所在(論点)
器物損壊罪の成立において、被告人が「他人の物」であるとの認識を欠き、無主物であると誤信していた場合に、刑法38条1項により故意(犯意)が阻却されるか。
規範
刑法38条1項により、罪を犯す意思がない行為は罰せられない。構成要件的客観的事実(本件では他人の物の該当性)を認識していない場合、故意(犯意)は阻却される。特定の規則等を誤解した結果として、当該物件が他人の所有に属するという事実の認識を欠くに至ったのであれば、故意を認めることはできない。
重要事実
被告人は、他人の飼犬を撲殺したが、当該犬には革製の首環はあったものの鑑札がついていなかった。被告人は以前警察から「鑑札のない犬は野犬とみなす」と聞いていたことや、当時の県令(飼犬取締規則)において「鑑札がなく飼主不明な犬は無主犬とみなす」旨の規定があったことから、本件の犬も無主の犬であると誤信して犯行に及んだと弁解した。
あてはめ
被告人の供述によれば、鑑札の欠如から本件の犬を「無主の犬」と信じていたことが窺える。県令の規定は行政上の殺処分を容認するに過ぎず私人の撲殺を許容するものではないが、被告人がこの規則等を誤解し「鑑札がなければ直ちに無主物になる」と誤信していたならば、客観的事実として他人の所有物であっても、その事実の認識を欠いていたことになる。原審がこの誤信の有無を十分に検討せず、直ちに犯意を認めたことは審理不尽である。
結論
被告人が他人の所有に属する事実の認識を欠いていた可能性があるため、故意の成立を断定した原判決を破棄し、審理を差し戻す。
実務上の射程
事実の錯誤(構成要件的錯誤)の典型例。法規を介在させた事実の認識の誤りが「事実の錯誤」として故意を阻却し得ることを示している。答案上は、物の所有関係などの法的な評価を要する事実について、前提となる規則等の誤解が事実の認識にどう影響するかを論じる際に参照すべきである。
事件番号: 昭和25(あ)1819 / 裁判年月日: 昭和26年5月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑事訴訟法405条に規定された上告理由に当たらない事実誤認や量刑不当の主張は、同法411条を適用すべき顕著な事由がない限り、上告を棄却すべきである。 第1 事案の概要:被告人および弁護人が、原判決には事実誤認および量刑不当の過誤があるとして上告を申し立てた事案である。判決文には具体的な公訴事実や犯…