選舉運動としての戸別訪問には種種の弊害を伴うので、衆議院議員選舉法第九八條地方自治法第七二條及び教育委員會法第二八條等は、これを禁止している。その結果として言論の自由が幾分制限せられることもあり得よう。しかし、憲法第二一條は絶對無制限の言論の自由を保障しているのではなく、公共の福祉のためその時、所方法等につき合理的制限のおのずから存することは、これを容認するものと考うべきであるから、選舉の公正を期するため戸別訪問を禁止した結果として、言論自由の制限をもたらすことがあるとしても、これ等の禁止規定を所論のように憲法に違反するものということはできない、それ故論旨は理由がない。
選舉運動としての戸別訪問の禁止規定と憲法第二一條の言論の自由の制限
憲法21條,衆議院議員選舉法98條,地方自治法72條,教育委員會法28條
判旨
選挙運動としての戸別訪問を禁止することは、選挙の公正を期するという公共の福祉に基づく合理的制限であり、憲法21条に違反しない。
問題の所在(論点)
選挙運動としての戸別訪問を全面的に禁止する規定は、憲法21条1項の表現の自由を侵害し、違憲とならないか。また、訪問相手が選挙権者であることの認識(故意)の要否も問題となる。
規範
憲法21条が保障する表現の自由は絶対無制限ではなく、公共の福祉のために、その時、所、方法等につき合理的制限を受ける。選挙の公正を期するという目的のために、戸別訪問という運動形態を制限することは、その目的・手段において合理的な範囲内であれば許容される。
重要事実
被告人は、立候補者Aに投票を得させる目的をもって、氏名不詳の男と共謀の上、Bほか2名の宅を順次訪問し、Aへの投票を依頼した。この行為が、当時の衆議院議員選挙法等により禁止されている「戸別訪問」に該当するとして起訴された。被告人側は、戸別訪問の禁止は憲法21条が保障する表現の自由(言論の自由)を侵害し違憲であると主張した。
あてはめ
まず、戸別訪問の禁止については、それが選挙運動に伴う種々の弊害を防止し、選挙の公正を確保するという「公共の福祉」に基づくものである。この目的のために訪問という方法を制限することは、時・所・方法の合理的制限として是認される。次に、被告人の認識については、特定の候補者への投票依頼を目的として戸別訪問を行った以上、相手方が選挙権者であること、またはその可能性があることの認識は包含されていると解される。特に成年者が原則として選挙権を有する現行制度下では、相手が選挙権者であることを知らないとの主張は通じない。
結論
戸別訪問の禁止規定は憲法21条に違反せず、合憲である。被告人の行為には戸別訪問の罪が成立し、上告は棄却される。
実務上の射程
本判決は戸別訪問禁止の合憲性を認めたリーディングケースである。答案上は、表現の自由に対する制限が「公共の福祉」により正当化される文脈で、目的の正当性と手段の合理性を論じる際の基礎として用いる。ただし、現在の判例理論(猿払事件等)ではより詳細な基準が示されているため、本判決はその端緒として位置づけるのが適切である。
事件番号: 昭和55(あ)1472 / 裁判年月日: 昭和56年7月21日 / 結論: 棄却
公職選挙法一三八条、二三九条三号の各規定は、憲法前文、一五条、二一条、一四条に違反しない。