公職選挙法第一三八第一項は、選挙に関し、同条所定の目的をもつて戸別訪問をすることを全面的に禁止しているのであつて、戸別訪問のち、選挙人に対する買収、威迫、利益誘導等、選挙の公正を害する実質的違反行為を伴い、またはこのような害悪の生ずる明白にして現在の危険があると認められるもののみを禁止しているのではない。
公職選挙法第一三八第一項の趣旨
公職選挙法138条1項,公職選挙法239条3号
判旨
公職選挙法138条1項が選挙運動としての戸別訪問を全面的に禁止していることは、選挙の公正を確保する目的から合理的な制限であり、憲法21条に違反しない。
問題の所在(論点)
公職選挙法138条1項による選挙運動としての戸別訪問の全面禁止が、憲法21条の保障する表現の自由を侵害し違憲といえるか。また、被告人の氏名秘匿権の有無および無署名の弁護人選任届の有効性が問題となった。
規範
公職選挙法138条1項は、戸別訪問が買収、威迫、利益誘導等の実質的な害悪を伴う場合や、その明白かつ現在の危険がある場合に限らず、選挙の公正を害するおそれがあることから全面的に禁止している。選挙の公正を期するために言論の自由にある程度の制限をもたらすことがあっても、当該禁止規定は憲法21条に違反しない(最大判昭25.9.27参照)。
重要事実
被告人は、選挙に関し、公職選挙法で禁止されている戸別訪問を行ったとして同法違反の罪に問われた。これに対し被告人側は、同法138条1項の戸別訪問禁止規定が憲法21条の表現の自由を侵害し違憲であると主張して上告した。また、被告人の氏名秘匿と弁護人選任の有効性についても争われた。
あてはめ
戸別訪問は種々の弊害を伴い、選挙の公正を害するおそれがある。そのため、法が買収等の具体的害悪の発生を待たず、一律に戸別訪問を禁止することは、選挙の公正という重要な公共の利益を確保するために合理的である。したがって、この制限により言論の自由が制約されるとしても、憲法の許容する範囲内である。また、被告人の氏名については黙秘権の対象外であり、氏名を記載しない弁護人選任届による選任は無効であると判断される。
結論
公職選挙法138条1項は憲法21条に違反せず、同法252条も憲法15条1項に違反しない。また、被告人の氏名について黙秘権はなく、無署名の弁護人選任届は無効である。本件上告は棄却される。
実務上の射程
選挙運動の自由に対する制約の合憲性を論ずる際のリーディングケースである。答案上では、二重の基準論等を踏まえつつも、選挙の公正確保という公共の福祉に基づく政策的判断を尊重する判例の立場を示す際に引用する。また、黙秘権の限界(氏名)に関する論点でも参照可能である。
事件番号: 昭和55(あ)1472 / 裁判年月日: 昭和56年7月21日 / 結論: 棄却
公職選挙法一三八条、二三九条三号の各規定は、憲法前文、一五条、二一条、一四条に違反しない。