一、甲と乙とが相互に約束手形を振り出し、甲が乙から振出を受けた手形を債権担保のため銀行に裏書譲渡し、その後右債権の消滅によつて甲が実質上手形上の権利を再取得したが、銀行から甲への戻裏書はおくれてされた場合において、甲が実質的に手形上の権利を再取得した時が乙の手形債権の時効消滅前であるときは、戻裏書の時が時効消滅後であつても、乙は右手形債権をもつて甲の手形債権と相殺することができる。 二、甲が乙に第二約束手形を、乙が甲に第一約束手形を相互に振り出し、甲は第一手形を債権担保のため銀行に譲渡したのち倒産して所在不明となり、甲の債権者丙が甲に代位して銀行から甲への戻裏書をさせたうえ乙に対して手形金を請求する訴訟において、乙が、第二手形債権の時効消滅前に両手形債権は相殺適状にあつたとして相殺の抗弁を主張している場合に、第二手形債権は第一手形の右戻裏書の時には時効消滅しているが、証拠として提出されている第一手形の戻裏書の欄に裏書の日付のほかにそれ以前の日付による「買戻し」の記載があつて、その時に甲が第一手形債権を実質的に取得していた疑いがあり、かつ、その時には第二手形債権がまだ時効消滅していないときには、裁判所は、釈明権を行使して乙に甲が第一手形債権を実質的に取得した時期等について主張立証を尽くさせたうえ相殺の抗弁を審判すべきであり、これをせずに戻裏書の時に第二手形債権が時効消滅していたことから直ちに相殺の抗弁を斥けたことは、釈明権不行使の違法となる。
一、自働債権である手形債権の時効消滅前に債務者が反対債権である手形債権を取得していたとして相殺の許される場合 二、釈明権不行使の違法があるとされた事例
民法508条,民訴法127条
判旨
手形が債権担保のため銀行に裏書譲渡された後、被担保債権の消滅等により実質的な権利が旧所有者に復帰した場合には、形式的な裏書再取得の前であっても、実質的な権利復帰時を基準に民法508条の類推適用による相殺が認められる。
問題の所在(論点)
手形の裏書による再取得(形式的な権利移転)より前に自働債権が時効消滅していた場合において、それ以前に実質的な権利復帰があったことを理由に民法508条(時効消滅した債権による相殺)を類推適用できるか。
規範
1. 一般に、手形の裏書譲渡を受けた者はその譲渡時に債権を取得するため、譲渡前に反対債権が時効消滅している場合は民法508条による相殺はできない。 2. もっとも、担保目的で裏書譲渡された手形について、被担保債権の消滅等により実質的に権利が旧所有者に復帰したものの、所在不明等の事情で銀行が所持し続けていたにすぎない場合、旧所有者は形式的な裏書を受ける前であっても実質的に手形債権を取得しているといえる。 3. この場合、対立する債権間の実質的な公平を図る民法508条を類推適用し、実質的な権利取得の時において相殺適状にあれば、その後に反対債権が時効消滅しても相殺することができる。
重要事実
上告人はDに対し第一各手形を振り出し、Dは上告人に対し第二各手形を振り出した。第一各手形はDから銀行に担保目的で裏書譲渡されたが、その後Dは倒産・所在不明となった。銀行は手形を所持し続けたが、裏書欄には「昭和45年5月6日買戻し」との記載があった。しかし、形式上のDへの裏書再取得は昭和48年6月5日(Dの債権者である被上告人がDに代位して行わせたもの)であった。一方、上告人のDに対する第二各手形債権(自働債権)は、昭和48年5月28日に時効消滅していた。
あてはめ
本件では、第一各手形の裏書欄に「昭和45年5月6日買戻し」との記載があり、Dが形式的な裏書を受ける3年以上前に実質的な権利を取得していた疑いがある。もし同日に実質的な権利復帰が認められるならば、上告人の自働債権(第二各手形債権)が時効消滅する昭和48年5月より前の時点で、両債権は相殺適状にあったといえる。自働債権を有する上告人が手形の受戻しを受ける利益を放棄して相殺することは許容されるべきであり、実質的公平の観点から民法508条を類推適用すべきである。
結論
Dが実質的に手形債権を取得した時点において相殺適状にあれば、その後に自働債権が時効消滅しても民法508条の類推適用により相殺が可能である。
実務上の射程
手形債権の帰属について「形式的な裏書」と「実質的な権利関係」が乖離している特殊な事案における民法508条の適用範囲を拡張した。答案上は、時効消滅後の相殺において、形式上の要件(裏書)具備前であっても、実質的な権利対立(期待権の発生)が認められる場合には類推適用の余地があることを論じる際に参照すべき判例である。
事件番号: 昭和50(オ)1011 / 裁判年月日: 昭和52年3月18日 / 結論: 棄却
約束手形の被裏書人丙が、適法な遡及条件を具備することなく、所持人として、振出人甲に対し手形金請求訴訟を提起し、その係属中に、前裏書人乙が丙から右約束手形の返還を受けたときは、乙は訴訟の目的たる手形金債権の承継人として民訴法七四条一項の第三者にあたる。