将来発生することあるべき債務の担保のために振り出され、振出人のために手形保証のなされた約束手形の受取人は、手形振出の右原因関係上の債務の不発生が確定したときは、特別の事情のないかぎり、以後手形保証人に対して手形上の権利を行使すべき実質的理由を失つたものであつて、右手形を返還せず、手形が自己の手裡に存するのを奇貨として手形保証人に対し手形金を請求するのは、権利の濫用にあたり、手形保証人は受取人に対し手形金の支払を拒むことができる。
将来発生することあるべき債務の担保のために振り出された約束手形の受取人が右債務の不発生が確定した後に振出人のための手形保証人に対してする手形金請求と権利の濫用
手形法77条,手形法32条1項,手形法32条2項,手形法17条,民法1条2項,民法1条3項
判旨
将来の債務を担保するために振り出された手形の受取人は、原因債務の不発生が確定した後は、信義則上、手形振出人や手形保証人に対して手形上の権利を行使できず、所持人が悪意であれば手形法17条但書によりこの抗弁を対抗できる。
問題の所在(論点)
原因債務の不発生が確定した担保手形につき、受取人が権利を行使することが権利の濫用に当たるか。また、その抗弁を手形保証人が悪意の譲受人に対抗できるか(手形法17条但書の適用の成否)。
規範
将来発生すべき債務の担保のために振り出された約束手形の受取人は、原因関係上の債務の不発生が確定したときは、特段の事情のない限り、振出人および手形保証人に対し手形上の権利を行使すべき実質的理由を失う。これに反して手形権利を行使することは、信義誠実の原則に反し、権利の濫用(民法1条3項)に該当する。また、受取人から裏書譲渡を受けた手形所持人が、手形取得の際に債務者を害することを知っていたとき(手形法17条但書)は、手形債務者は当該悪意の所持人に対し、右権利濫用の抗弁をもって対抗できる。
重要事実
振出人Eは、受取人Dとの請負契約に関し、将来の不履行に備えた損害賠償義務の担保として額面1100万円の本件約束手形をDに交付した。被上告人両名は、Dの求めにより本件手形に手形保証をした。その後、請負契約は正常に履行され、担保すべき損害賠償義務は不発生に確定した。しかし、Dは手形を返還せず、上告人に裏書譲渡した。上告人は、DのEに対する別口の債権を根拠に、手形保証人である被上告人らに支払を求めた。
あてはめ
本件手形は、EのDに対する請負契約不履行による損害賠償義務を担保する目的で振り出されたものである。請負契約がすべて履行され、担保対象となる債務の不発生が確定した以上、Dは手形上の権利を行使すべき実質的理由を喪失している。Dが手形を返還せず、所持していることを奇貨として支払を求めることは、信義則に反し権利の濫用に該当する。上告人がDから手形を取得した際、手形法17条但書の悪意の要件を満たすのであれば、手形保証人である被上告人らは、振出人が有する権利濫用の抗弁を援用して支払を拒むことができる。なお、Dが主張する別口債権は手形交付の目的とは無関係であるため、権利行使を正当化する理由にはならない。
結論
担保すべき原因債務の不発生が確定した場合、受取人の権利行使は権利の濫用となる。手形法17条但書の要件を満たす限り、手形保証人は悪意の所持人に対し、この権利濫用の抗弁をもって支払を拒絶できる。
実務上の射程
人的抗弁の切断(手形法17条)の局面で、単なる「原因関係の消滅」を超えて「権利の濫用」として構成されるべき事案(特に担保手形)において、保証人の抗弁権を肯定する際の有力な根拠となる。答案上は、まず振出人が受取人に対して主張できる抗弁(権利濫用)を確定し、それを保証人が援用できるか、そして17条但書で所持人に対抗できるかという順序で論じる際に有用である。
事件番号: 昭和47(オ)104 / 裁判年月日: 昭和48年11月16日 / 結論: 棄却
約束手形の裏書を受けた手形所持人が、裏書の原因関係である法律行為が無効であるにかかわらず、手形を所持していることを奇貨として振出人に対し手形金を請求することは、特段の事情のないかぎり、権利の濫用として許されない。