甲が乙に対して負担する請負代金債務の支払のために、乙に対して振り出した約束手形を、丙がその額面に相当する金員を支払つて、乙または乙の被裏書人から裏書譲渡を受け、丙が乙らに対して原因関係上何らの債権を有しない場合において、丙の甲に対する手形金債権および乙らに対する償還請求権がともに時効によつて消滅したときは、丙は甲に対して利得償還請求権を有するものと解すべきである。
利得償還請求権が成立するとされた事例
手形法85条
判旨
手形所持人が裏書人等に対して原因債権を有しない場合、振出人の手形債務および裏書人の償還義務が共に時効消滅したときは、振出人が原因債務を免れる利益は手形法85条の利得に該当する。
問題の所在(論点)
手形所持人が裏書人から額面相当額を支払って手形を譲り受け、その後、振出人および裏書人に対する手形上の権利がすべて時効消滅した場合において、振出人が受取人(裏書人)に対して負っていた原因債務を免れることは、手形法85条の「利得」に当たるか。
規範
手形法85条の利得償還請求権が認められるためには、手形上の権利が時効等により消滅し、かつ振出人等が「利得」を受けている必要がある。振出人が受取人等に対して負担していた原因債務を、手形債務の消滅によって最終的に履行する必要がなくなった場合、その免れた債務額相当の利益は同条の利得に該当する。これは、手形所持人が裏書人等に対して何ら原因債権を有さず、かつ全ての裏書人の償還義務が消滅したことで、振出人の原因債務が確定的に消滅したといえる場合に認められる。
重要事実
振出人(被上告人)は、D鉄工所らに対する請負代金債務の支払のために本件各約束手形を振り出した。D鉄工所らは各手形を上告人に対し、額面相当額の支払いを受けて裏書譲渡した。その後、上告人の振出人に対する手形権利は3年の時効により消滅し、また裏書人らに対する償還請求権も1年の時効により消滅した。上告人は、裏書人らとの間には手形譲渡の対価支払以外に何ら原因債権を有していなかった。上告人は、振出人に対し利得償還請求を提起した。
あてはめ
本件では、上告人の手形上の権利は振出人に対しても裏書人に対しても時効消滅している。また、上告人は裏書人らに対して原因債権を有していない。この状況下では、上告人は裏書人らに対し償還請求権を行使できず、これに伴い受取人(裏書人)が振出人に対して有していた原因債権(請負代金債権)も確定的に消滅したといえる。したがって、振出人は本件手形振出の原因たる請負代金債務を免れることで現実に利益を受けており、この利益は手形上の権利の消滅と直接的な因果関係があるといえる。
結論
振出人が原因債務を免れた利益は手形法85条の利得に該当する。したがって、上告人は振出人に対し、その利益の限度で償還を求めることができる。
実務上の射程
利得償還請求の要件である「利得」の有無を、原因関係の帰趨(二重支払の危険が消滅したか)から判断する実務上の指針となる。特に、原因債務が「確定的に」消滅したといえるためには、所持人と裏書人間、および裏書人と振出人間など、各段階の債権関係を精査する必要があることを示唆している。
事件番号: 昭和38(オ)945 / 裁判年月日: 昭和39年3月3日 / 結論: 棄却
甲から手形割引の依頼を受けた乙が右手形を丙に譲渡した場合、甲は、乙が丙との間の人的関係に基づいて有する抗弁を援用して、丙の手形金請求を拒むことはできない。