消費貸借上の債務の弁済方法として約束手形が振出された場合において、手形上の権利が時効により消滅した後に右消費貸借上の債権が時効により消滅しても、利得償還の請求権を発生せしめない。
手形振出の原因関係上の債権の時効消滅と利得償還請求権の成否。
手形法85条
判旨
手形上の権利が時効消滅しても、原因債権が存続している場合には利得償還請求権は発生しない。また、その後原因債権が時効消滅したとしても、それが債権者の行使懈怠によるものであれば、同様に利得償還請求権は発生しない。
問題の所在(論点)
原因債務の支払方法として振出された手形について、(1)手形債権が時効消滅しても原因債権が存続している場合、および(2)手形債権消滅後に原因債権も時効消滅した場合において、利得償還請求権が発生するか。
規範
手形法85条(小切手法72条)の利得償還請求権は、手形上の権利が消滅したことにより、所持人が原因関係上の請求権や遡及権も失い、救済手段がなくなった場合に初めて認められる補充的な権利である。したがって、原因債権がなお行使可能な場合には、振出人に実質的な利得があるとはいえず、同請求権は発生しない。また、原因債権の消滅が債権者の権利行使の懈怠によるものである場合も、手形上の権利消滅によって利得が生じたとはいえない。
重要事実
上告人は、被上告会社(債務者)に対する金銭消費貸借上の債務の支払方法として、被上告会社から本件手形の振出しを受けた。その後、本件手形上の権利は消滅時効にかかったが、上告人はなお原因関係である金銭消費貸借上の債権を有していた。上告人は、手形債務の承認があったと主張したが、承認権限のない者による行為であったため認められず、利得償還請求を行った。さらに、上告人は後に原因債権も時効消滅したと主張して、救済を求めた。
あてはめ
本件手形は金銭消費貸借上の債務の弁済方法として振出されたものである。手形上の権利が時効消滅した時点において、上告人は依然として消費貸借上の債権を行使できる状態にあったため、被上告会社に「利得」があるとはいえない(1つ目の判断)。また、その後仮に消費貸借上の債権が時効消滅したとしても、それは上告人が自ら債権の行使を怠った結果にすぎない。この債権消滅は手形上の権利消滅から直接生じた帰結とはいえず、被上告会社が手形上の権利消滅により利得したとは評価できない(2つ目の判断)。
結論
本件利得償還請求は許されない。原因債権が存続している場合、または原因債権の消滅が債権者の懈怠によるものである場合は、利得償還請求権の要件を欠く。
実務上の射程
利得償還請求権の「補充性」を厳格に解した判例である。答案上では、原因債権の存否を検討し、債権者が他に救済手段(原因債権の行使等)を有していた場合には、利得償還請求を否定する根拠として用いる。原因債権が時効にかかっている場合でも、それが手形消滅後の「行使懈怠」によるものであれば、なおも利得を否定する論理として機能する。
事件番号: 昭和38(オ)453 / 裁判年月日: 昭和40年4月13日 / 結論: 棄却
約束手形上の権利が時効によつて消滅した場合において、それが支払確保のために振り出された手形であるかぎり、右時効消滅以前に原因債権の消滅時効が完成していても、受取人から振出人に対する利得償還請求権は発生しない。