一 地方公共団体の長の退職申出は、地方自治法第一四五条所定の期日前に退職するため議会の同意を得た後であつても、まだ後任者の選挙の期日の告示などその効果をみだりに動かしがたい行為が行われず、長個人にも信義則上咎むべき事情の認められない原判決判示の事情(原判決理由参照)のもとにおいては、これを撤回することが許されると解すべきである。 二 公職選挙法第二七〇条の二の規定は、行政機関相互の通知報告などの行為については、適用されない。
一 地方自治法第一四五条所定の退職時期繰上げにつき議会の同意を得た地方公共団体の長の退職申出の撤回がゆるされた事例。 二 公職選挙法第二七〇条の二の規定の行政機関相互間の行為に対する適用の有無。
地方自治法145条,公職選挙法270条の1
判旨
地方公共団体の長の退職申出は、原則として退職の効果が発生するまでは撤回できるが、申出に基づき選挙期日の告示等、みだりに動かし難い新たな公的秩序が形成された後は撤回できない。
問題の所在(論点)
地方公共団体の長がなした退職申出(地方自治法145条)を、その効果発生前に撤回することができるか。また、撤回が制限される「新たな公的秩序の形成」の範囲が問題となる。
規範
地方自治法145条の趣旨に鑑み、長の退職の自由と任期の保障を考慮すれば、一旦なされた退職申出も、原則として退職の効果発生前であれば撤回できる。ただし、当該申出を基礎として「新たな公的秩序」が形成された場合には撤回は許されない。ここにいう公的秩序の形成とは、繰り上げ当選人の決定や選挙期日の告示(公職選挙法112条2項、114条等)のように、みだりにその効果を動かし難い行為が行われるに至った場合を指す。
重要事実
上山市長Dは、地方自治法145条に基づき退職を申し出、これに対し市議会は退職時期を繰り上げる同意の議決を行った。しかし、Dは退職の効果が発生する前に当該申出を撤回した。当時、選挙管理委員会は長の退職に伴う選挙告示の準備等を進めていたが、まだ選挙期日の告示には至っていなかった。その後、撤回を有効として任期満了による選挙が実施されたため、上告人が選挙無効を求めて提訴した。
あてはめ
本件において、市議会が繰り上げ退職に同意した事実は、退職時期を早めることを可能にするに過ぎず、退職の意思表示を不動のものとする根拠にはならない。また、選挙管理委員会が退職の通知を受け選挙準備を進めていたという程度では、いまだ「みだりにその効果を動かし難い公的秩序の形成」には当たらない。さらに、市長個人について信義則上撤回を咎めるべき特段の事情も認められないため、本件撤回は有効と評価される。
結論
市長の退職申出の撤回は有効である。したがって、これに基づく一連の選挙手続に無効事由はなく、上告を棄却する。
実務上の射程
公務員の辞職願の撤回制限に関するリーディングケースである。行政法上の意思表示の効力発生時期や、撤回権の制限理論(公的秩序・信義則)を論じる際の規範として、司法試験でも頻出の枠組みを提供する。
事件番号: 昭和35(オ)694 / 裁判年月日: 昭和37年7月13日 / 結論: 破棄自判
一 小学校教諭が三月二五日に学校長に退職願を提出したが、同日夜撤回を決意し、翌二六日学校長に対し撤回方の尽力を依頼し、翌二七日市教育委員会学校教育課長に撤回を申し入れ、さらに、翌二八日に県教育委員会委員長に対し、退職願取消の申入と題する自己名義の文書に押印し発送した場合は、年度末教員の大異動が差し迫つていたからといつて…