土地の買受人が、地上に賃借人が建物を所有して営業していることを知つて、著しく低廉な賃借権付評価額で右土地を取得しながら、右賃借権の対抗力の欠如を奇貨とし、不当の利益を収めようとして、賃借人の生活上および営業上の多大の損失を意に介せず、賃借人に対して建物収去土地明渡を請求するときは、該請求は、権利の濫用として許されない。
対抗力を具備しない土地賃借権者に対し建物収去土地明渡を求めることが権利の濫用となるとされた事例
民法1条,建物保護ニ関スル法律1条
判旨
対抗力を欠く賃借権が存する土地を賃貸借付評価の低廉な価格で買い受けた者が、賃借権の欠缺を奇貨として不当な利益を得る目的で建物収去土地明渡を請求することは、権利の濫用にあたる。また、建物所有者と占有者が実質的に一体と認められる特段の事情がある場合、占有者の占有と土地所有者の使用不能との間には損害賠償上の相当因果関係が認められる。
問題の所在(論点)
1. 対抗力を欠く賃借人が占有する土地を、その事実を知りつつ低廉な価格で取得した者が行う明渡請求が、権利の濫用にあたるか。 2. 建物所有者が明渡義務を負わない場合であっても、建物占有者(会社)の占有について、土地所有者に対する損害賠償責任の相当因果関係を肯定できるか。
規範
1. 所有権に基づく建物収去土地明渡請求であっても、権利の行使が正義の観念に反し、社会的に許容される限度を超える場合には、権利の濫用(民法1条3項)として許されない。その判断にあたっては、土地取得の経緯・目的、価格の適正性、明渡によって相手方が被る不利益と取得者が得る利益の均衡等を総合的に考慮する。 2. 建物占有者に対する不法行為に基づく損害賠償請求において、建物所有者と占有者が実質的に一体となって土地を占有し、所有者の使用収益を妨害しているといえる特段の事情があるときは、当該占有と所有者の損害との間に相当因果関係が認められる。
重要事実
上告人は、被上告人B1が土地を賃借し建物を所有して家具製造業を営んでいることを知りながら、本件土地を時価より著しく低廉な賃借権付評価で買い受けた。上告人は、B1の賃借権が対抗力を欠いていることを発見し、事前に何ら交渉することなく抜打的に建物収去土地明渡を請求した。一方、建物内ではB1が代表を務める個人会社である被上告人B2が使用貸借契約に基づき営業を行っていた。原審は、B1に対する明渡請求を権利の濫用として棄却し、B2に対する損害賠償請求についても、B1に明渡義務がない以上、B2の占有と上告人の損害に因果関係がないとして棄却した。
あてはめ
1. 上告人はB1の占有を知りながら、あえて賃借権付の低額で土地を取得した。それにもかかわらず、対抗力欠如を奇貨として不当な巨利を得ようとし、交渉もなく抜打的に提訴した。これは、平穏に営業してきたB1側に多大な損失を与え、彼我の利益の均衡を著しく欠くものであり、権利の濫用にあたる。 2. B2はB1が代表を務める個人会社であり、両者は実質的に一体となって本件土地を占有し、上告人の使用収益を妨害している。このような特段の事情がある以上、B1に明渡義務がないとしても、B2の占有と土地所有者の損害との間には相当因果関係を認めるのが相当である。
結論
1. B1に対する建物収去土地明渡請求は権利の濫用であり認められない。 2. B2に対する損害賠償請求については、相当因果関係が認められるため、原判決を破棄し差し戻す。
実務上の射程
不動産の二重譲渡や対抗力欠如事案において、信義則(民法1条2項)や背信的悪意者の法理と並び、権利の濫用による調整を図る際のリーディングケースである。特に「低廉な価格での取得」や「不当な利益を得る目的」といった主観・客観の両面から濫用性を判断する枠組みが重要である。また、所有者と占有者の実質的一体性に着目した因果関係の認定手法も、実務上、損害賠償請求の範囲を検討する際に有用である。
事件番号: 昭和39(オ)283 / 裁判年月日: 昭和41年7月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃借権に抗弁権がないことを奇貨として、専ら嫌がらせや報復の目的で土地を買収し、建物収去土地明渡を求める権利行使は、所有権の濫用(民法1条3項)にあたり許されない。 第1 事案の概要:被上告人は本件土地所有者との間に安定した賃借権を有し、土地の買受け交渉中であった。しかし、上告人はこれを知りながら、…
事件番号: 昭和39(オ)24 / 裁判年月日: 昭和40年2月12日 / 結論: 棄却
土地賃貸人において、転借人に対し後日直接賃貸借契約をしてよい意向を示し、それまでの間は転借について暗黙の承諾をしたと見られるような態度をとり、転借人としては、賃貸人の指図に従い、同人の転貸人に対する賃貸借消滅による建物収去土地明渡請求訴訟に協力する態度をとり、賃貸人が勝訴すれば自ら賃借できると考え、同人から明渡を請求さ…
事件番号: 昭和33(オ)1024 / 裁判年月日: 昭和35年9月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】土地所有者が土地の使用を容認していたとはいえない状況において、当該土地の明渡し等を求める請求は、特段の事情がない限り権利の濫用(民法1条3項)には当たらない。 第1 事案の概要:上告人(被告)が本件土地を使用していたところ、被上告人ら(原告)が土地所有権に基づき本訴請求(明渡し等)を提起した。上告…
事件番号: 昭和44(オ)818 / 裁判年月日: 昭和44年11月21日 / 結論: 棄却
土地の買受人が、地上に自己の親族が賃借人として建物を所有し営業していることを知つて、賃借権付評価額以下の価額で右土地を取得しながら、右賃借権の対抗力の欠如を奇貨として、賃借人の営業上多大な損失を意に介せず、賃借人に対して建物収去土地明渡を請求するときは、該請求は権利の濫用として許されない。