賃料増額の請求がなされた場合には、従前の賃料額と適正増額賃料額との差が僅少である等信義則上従前の賃料額の提供をもつて債務の本旨に従つた履行の提供とみられるような特別の事情があるときのほか、債務者は、従前の賃料額をもつて相当であると考えたとしても、従前の賃料額を提供しただけでは、履行遅滞の責を免れない。
賃料増額の請求がなされた場合と従前の額による賃料提供の適否。
借家法7条,民法492条,民法541条
判旨
賃料増額請求権が行使された場合、客観的な適正額への増額の効果は請求の意思表示が到達した時に発生し、裁判はこれを後日確認するにすぎない。そのため、賃借人が従前の賃料額のみを提供・供託しても、特段の事情がない限り、債務の本旨に従った履行とは認められない。
問題の所在(論点)
賃料増額請求の効力発生時期はいつか。また、増額の当否について争いがある場合に、賃借人が従前の賃料額のみを提供・供託することは債務の本旨に従った履行(民法493条)といえるか。
規範
借賃増額請求権(借地借家法32条1項、旧借家法7条)の行使によって適正な賃料額に増額される効果は、請求の意思表示が相手方に到達した時に発生する。裁判は増額の効果を創設的に定めるものではなく、客観的に定まった適正な増額の範囲を確認するものである。したがって、債務者は本来、適正額と認められる増額分を含めて提供すべき義務を負い、従前の額と適正額との差異が僅少である等の「特段の事情」がない限り、従前の額のみの提供では債務の本旨に従った履行とはいえない。
重要事実
賃貸人(被上告人)は賃借人(上告人)に対し、地代家賃統制令の適用除外や経済事情の変動を背景に、昭和30年9月1日付で月額5,220円から18,561円への賃料増額を請求した。原審は12,000円の範囲で増額を有効と判断。上告人は、増額の当否が争われている間は従前の賃料額を供託すれば足りると主張し、増額後の相当額の鑑定がなされていたにもかかわらず、従前の賃料額のみを供託し続けたため、賃貸人は債務不履行を理由に契約を解除した。
あてはめ
賃料増額の効果は意思表示の到達時に発生するため、裁判確定を待たずして適正な賃料支払義務が生じる。本件では、既に家賃統制が除外されており、上告人側でも相当賃料額の鑑定がなされていたにもかかわらず、その鑑定額すら提供せず従前の統制賃料額のみを供託している。これは、適正な増額分を含む提供義務を怠ったものであり、従前の額と適正額との差異が僅少である等の特段の事情も認められない。したがって、債務の本旨に従った履行とは認められず、解除原因となる債務不履行が成立する。
結論
増額請求により直ちに賃料は適正額に増額され、従前の額のみの提供は原則として債務の本旨に従った履行にならず、債務不履行責任を免れない。
実務上の射程
賃料増額請求における形成権的性質を確認した重要判例である。実務上、賃借人は増額を争う場合でも、旧借家法12条(現行借地借家法32条2項)に基づき「相当と認める額」を支払う必要があるが、本判決は、その「相当と認める額」が客観的な適正額に満たない場合には、原則として債務不履行責任を負うリスクがあることを示唆しており、不払いによる解除の当否を検討する際の基準となる。
事件番号: 昭和40(オ)254 / 裁判年月日: 昭和40年11月30日 / 結論: 棄却
借地法第一二条による賃料増額請求があつた場合においては、裁判所は、同条所定の諸契機を考量して相当な賃料を確定すべきであつて、従来の賃料にその後における地価高騰率を乗じてのみ算出しなければならないものではない。