表意者自身において要素の錯誤による意思表示の無効を主張する意思がない場合には、原則として、第三者が右意思表示の無効を主張することは許されない。
要素の錯誤による意思表示の無効を第三者が主張することは許されるか。
民法95条
判旨
民法95条(改正前)の錯誤による無効は、表意者を保護するための規定であるから、原則として第三者が援用することはできないが、表意者が錯誤を認め、かつ無効を主張する意思がある等の特段の事情がない限り、第三者による無効主張は認められない。
問題の所在(論点)
民法95条に基づく錯誤無効(改正前民法)を、表意者以外の第三者が主張することができるか。特に、表意者自身に無効を主張する意思がない場合における第三者の援用可否が問題となる。
規範
民法95条の趣旨は、瑕疵ある意思表示をした表意者を保護することにある。したがって、表意者自身においてその意思表示に何ら瑕疵を認めず、錯誤を理由として意思表示の無効を主張する意思がない場合には、原則として第三者が錯誤無効を主張することは許されない。ただし、判例の枠組み(本判決の前提となる法理)によれば、表意者が錯誤を認めており、かつ第三者が無効を主張することにつき正当な利益を有する場合には、例外的に主張が認められる余地がある。
重要事実
上告人(被告)は、本件宅地を第三者Dと共同賃借したと主張し、D名義の建物保存登記があることをもって、建物保護に関する法律1条に基づく対抗力を主張した。また、被上告人(原告)側の意思表示に錯誤があるとして、第三者の立場から民法95条に基づく無効を主張した。これに対し、原審は上告人の共同賃借の事実を否定するとともに、表意者自身が無効を主張する意思がない状況での第三者による錯誤無効主張を排斥した。
事件番号: 昭和30(オ)520 / 裁判年月日: 昭和32年11月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】動機の錯誤であっても、その動機が相手方に表示されている限りは法律行為の要素の錯誤となり、その意思表示が無効となることで利害関係を有する第三者は、当事者間の意思表示に錯誤があることを理由に無効を主張できる。 第1 事案の概要:土地所有者Dと賃貸借契約を締結した上告人が、当該土地を不法に占有していると…
あてはめ
本件において、表意者(被上告人側)自身は自らの意思表示に何ら瑕疵を認めておらず、錯誤を理由として無効を主張する意思も有していない。民法95条は表意者保護の規定であり、本人の意思に反してまで無効を認める必要はない。したがって、表意者に無効主張の意思がない以上、上告人が第三者として錯誤無効を主張することは、原則に則り許されないといえる。また、共同賃借の事実が認められない以上、建物保護法1条の適用・準用を認める余地もなく、被上告人の請求は権利の濫用(民法1条3項)にも当たらない。
結論
錯誤による意思表示の無効は、原則として表意者のみが主張し得るものであり、表意者に無効主張の意思がない本件においては、第三者である上告人からの無効主張は認められない。
実務上の射程
本判決は「錯誤無効の主張権者」に関するリーディングケースである。答案上は、原則として表意者のみが主張できる(相対的無効に近い性質)とした上で、例外的に第三者が主張できる要件(①表意者が錯誤を認めていること、②第三者が無効を主張することにつき正当な利益を有すること)を導く際の否定的な前提として引用する。現行民法95条の「取消し」への改正後も、主張権者の範囲については本判旨の理屈が妥当する。
事件番号: 昭和28(オ)1390 / 裁判年月日: 昭和30年7月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】土地賃借権および地上建物の登記がない場合、土地譲受人が賃借権の存在を知って譲り受けたとしても、賃借人はその賃借権を譲受人に対抗することはできない。 第1 事案の概要:上告人Aは本件土地につき賃借権を有していた。その後、被上告人が本件土地を譲り受けたが、Aは本件土地の賃借権の登記も、その地上建物の登…
事件番号: 昭和47(オ)1301 / 裁判年月日: 昭和48年4月24日 / 結論: 棄却
土地の賃借人が地上建物を仮装譲渡した場合、土地賃貸人は、右譲渡につき民法九四条二項にいわゆる第三者にあたらない。
事件番号: 昭和38(オ)1398 / 裁判年月日: 昭和39年9月8日 / 結論: 棄却
借地法第一〇条による買取請求権者を行使できるのは、建物所有を目的とする土地賃借権者が借地上に所有する建物等土地の附属物件をその賃借人から賃借権とともに譲り受けた者およびその者よりさらにその譲渡を受けた者に限られる。
事件番号: 昭和46(オ)777 / 裁判年月日: 昭和47年3月7日 / 結論: 棄却
土地賃借人が地上建物を他に仮装譲渡した場合に、右土地の賃貸人は民法九四条二項にいう第三者にあたらない。