家屋の賃貸借において、催告期間内に延滞賃料が弁済されなかつた場合であつても、当該催告金額九六〇〇円のうち四八〇〇円はすでに適法に弁済供託がされており、その残額は、統制額超過部分を除けば、三〇〇〇円程度にすぎなかつたのみならず、賃借人は過去一八年間にわたり当該家屋を賃借居住し、右催告に至るまで、右延滞を除き、賃料を延滞したことがなく、その間、台風で右家屋が破損した際に賃借人の修繕要求にもかかわらず賃貸人側で修繕をしなかつたため、賃借人において二万九〇〇〇円を支出して屋根のふきかえをしたが、右修繕費については本訴提起に至るまでその償還を求めたことがなかつた等判示の事情があるときは、右賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除は信義則に反し許されないものと解すべきである。
賃料不払を理由とする家屋賃貸借契約の解除が信義則に反し許されないものとされた事例。
民法1条3項,民法541条
判旨
賃貸借契約の解除には、賃借人の債務不履行があるだけでなく、それが賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度のものであることを要する。本件のような賃料延滞や無断改造があっても、諸般の事情により信頼関係が破壊されたと認められない場合には、解除権の行使は信義則上許されない。
問題の所在(論点)
賃借人の賃料延滞(債務不履行)や無断改造(保管義務違反)がある場合に、民法541条等に基づく解除権の行使が認められるための要件(信頼関係破壊の理論)。
規範
建物賃貸借のような継続的契約においては、単に形式的な債務不履行があるだけでは足りず、賃貸人と賃借人との間の「信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意」が認められない限り、賃貸人による解除権の行使は信義則上許されない。
重要事実
賃借人B1は昭和16年から入居していたが、4か月分の賃料(実額3,000円程度)を延滞した。賃貸人Aは月額1,500円と主張していたが、催告時には突如1,200円で計算して催告し、B1を困惑させた。また、B1は過去に自費で屋根の修繕(2万9,000円)を行っており、その償還請求権で拒絶できると誤信していた。一方、B2・B3は家屋裏に簡易な工作物を設置したが、撤去容易で構造変更も伴わず、居住目的も変更していなかった。
あてはめ
B1については、延滞額が少額であり、長年延滞がなかったこと、過去の多額の修繕費支出により支払を拒めると考えたことに無理からぬ事情がある。また、A側の催告態様にも不適切な点があった。B2・B3については、改造が簡易で家屋を損傷せず、利用限度を超えない。これらの事実に照らせば、いずれも「賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意」があるとまでは断定できず、解除権の行使は信義則(民法1条2項)に反する。
結論
本件各解除はいずれも無効であり、賃貸人Aによる家屋明渡請求は認められない。
実務上の射程
信頼関係破壊の理論を確立したリーディングケースである。答案上は、541条等の解除要件(催告・期間経過等)を充たす場合であっても、信義則の派生原理として信頼関係の不破壊を検討し、解除権行使を制限する枠組みとして活用する。あてはめでは、当事者の人間関係、過去の経緯、不履行の程度、背信性の有無を総合考慮する。
事件番号: 昭和39(オ)547 / 裁判年月日: 昭和40年1月22日 / 結論: 棄却
建物賃借人が本件店舗を建築するにいたつた経緯、店舗の構造、その他原判示の事実関係のもとにおいては、賃借人の本件家屋賃貸借上の義務違背は軽微であると判断すべきであるから、前記店舗の無断建築によつては、本件家屋賃貸借の解除権は発生しない。