事故により死亡した幼児の得べかりし利益を算定するに際しては、裁判所は、諸種の統計表その他の証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できるかぎり客観性のある額を算定すべきであり、一概に算定不可能として得べかりし利益の喪失による損害賠償請求を否定することは許されない。
事故により死亡した幼児の得べかりし利益の算定は可能か。
民法709条
判旨
年少者の逸失利益の算定は困難であるが、客観的な統計等に基づき、将来の昇給や世帯構造の変化を考慮した蓋然性のある額を算出するよう努めるべきである。また、被害者の収入から控除すべき生活費は本人のものに限られ、扶養家族の生活費や死亡により親が免れた養育費を控除することはできない。
問題の所在(論点)
不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)において、1. 将来の職業が不明な年少者の逸失利益を算定できるか、2. 算定において昇給や世帯構成をどう考慮すべきか、3. 収入から控除すべき「生活費」の範囲および損益相殺として養育費の免除を考慮できるかが問題となる。
規範
不法行為による年少者の逸失利益の算定にあたっては、裁判所は証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して蓋然性のある額を算出するよう努めるべきである。収入額については、将来の昇給の可能性を考慮し、全稼働期間を通じて一律の平均賃金を採用する場合は特段の理由を要する。支出額(生活費)の控除については、収入を得るために必要な「本人の生活費」に限られ、扶養家族の生活費や稼働期間外の生活費は控除の対象とならない。また、損益相殺として控除しうる利益は、被害者本人に生じたものに限られる。
重要事実
満8歳の男子2名が不法行為により死亡した事案において、原審は、統計表に基づき20歳から55歳までの35年間を稼働可能期間と認定した。その上で、全期間を通じて当時の男子平均賃金を年収とし、そこから平均世帯の1人当たり支出額を生活費として一律に控除して逸失利益を算定した。これに対し、加害者側は、算定が不可能であることや、扶養家族の生活費、被害者が20歳になるまでに親が支出を免れた養育費を控除すべきであること等を主張して上告した。
あてはめ
1. 算定の可否:算定困難を理由に賠償を否定することは損失の公平な分担という理念に反し、慰謝料のみによる救済では不十分なため、控え目な算定方法を用いるなどして客観的な額を算出する。2. 算定方法:年少者の場合、初任給は低く後に昇給するのが一般的である。全期間一律の平均賃金で算定した原審は理由不備といえる。生活費についても、将来の結婚や世帯主としての支出増を考慮せず、単なる平均世帯の頭割りとした点も不合理である。3. 控除の範囲:扶養家族の生活費は本人の収入を得るための必要経費ではない。また、親が養育費の支出を免れた利益は相続人(親)に生じたものであり、被害者本人に生じた利益ではないため、損益相殺の対象とはならない。
結論
年少者の逸失利益算定は可能であるが、原審の算定には将来の昇給や生活状況の変化に関する考慮を欠く理由不備がある。養育費の免除等の控除については、加害者側の主張は認められない。
実務上の射程
年少者の逸失利益算定に関するリーディングケースである。答案上は、(1)算定の可否(肯定)、(2)算定基準(学歴別平均賃金等の統計利用)、(3)生活費控除の範囲(本人分のみ)、(4)養育費の損益相殺(否定)という4つのポイントを整理して用いる。特に「被害者本人に生じた利益か」という損益相殺の判断枠組みは、他の費目でも応用可能である。
事件番号: 昭和33(オ)884 / 裁判年月日: 昭和37年5月4日 / 結論: 棄却
国民所得一人当り平均額についての経済企画庁調査局国民取得課長の回答書及び給料所得者一世帯当り平均月収、生活費についての総理府統計局調査部長の回答書によつては、三歳二月の幼児の将来の得べかりし利益を適確に推認することはできないと判断しても、経験則違背にあたらない。