訴訟物たる債権の存否につき被告が答弁しないまま成立した裁判上の和解において、原告が右債権を有することを被告が認めるについての錯誤の主張は、民法第六九六条により許されないものと解するのを相当とする。
裁判上の和解につき錯誤の主張が許されないとされた事例。
民法696条,民訴法136条
判旨
訴訟上の和解において争いのある権利関係を認めた場合、その前提事実に錯誤があったとしても、民法696条により和解の効力は妨げられず、和解は有効である。
問題の所在(論点)
被告が原告の主張事実について認否を行わず、争う姿勢を示した状態で成立した和解において、その前提となる権利関係の存否に錯誤があった場合、民法696条により錯誤無効の主張が制限されるか。
規範
当事者間に訴訟の目的物につき争いが存する場合において、私法上の性質を有する訴訟上の和解が成立したときは、民法696条が適用される。和解によって確定された事項と真実が異なることが判明しても、それが和解の目的である争点自体に関する錯誤である限り、もはや錯誤無効を主張して和解の効力を争うことはできない。
重要事実
手形金請求訴訟において、原告は「満期前に裏書譲渡を受けた善意の第三者である」と主張し、被告は具体的な認否をせず「示談のため」として続行を求めていた。その後、被告が原告の主張する手形金債権の存在を認め、一部の支払と残額の免除を内容とする和解が成立した。しかし、和解後に被告は「実は満期後の裏書であったのに、原告が善意の第三者であると錯誤に陥って和解した」と主張し、錯誤無効による訴訟終了の否定を申し立てた。
事件番号: 昭和32(オ)608 / 裁判年月日: 昭和34年5月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】裁判上の和解が成立した場合、その内容に錯誤等の瑕疵がない限り、当該訴訟は和解によって終了する。 第1 事案の概要:上告人は、本件訴訟においてなされた和解が錯誤に基づくものであると主張し、和解の無効を前提として訴訟の継続を求めた。原審は、当該和解に錯誤は認められないと判断し、和解により訴訟は既に終了…
あてはめ
まず、被告が「答弁準備」や「示談」を理由に認否を留保していた事実は、民事訴訟法上の自白とはみなされず、当事者間に当該権利関係の存否について「争い」があったと解される。次に、本件和解は、被告が手形債務の存在を認め、原告が分割払いや一部免除に応じるという互譲によって成立しており、争いの対象であった債権の存否を確定させるものである。したがって、たとえ被告が「原告が満期前の裏書人である」という前提に錯誤があったとしても、それは和解によって確定した争点そのものに関する事後的な不一致にすぎない。ゆえに、民法696条が適用され、錯誤による無効を主張することはできない。
結論
本件和解は有効であり、これによって訴訟は終了した。被告による錯誤無効の主張は認められない。
実務上の射程
和解の確定効(民法696条)に関する重要判例。訴訟上の和解であっても私法上の契約の性質を有するため、和解の目的(争点)となった事実に関する錯誤は、和解の効力を左右しないことを示した。答案上では、和解の無効を主張する側に対し、696条による主張制限の反論として用いる。
事件番号: 昭和30(オ)212 / 裁判年月日: 昭和31年7月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】手形振出の動機に錯誤があっても、それは振出行為の縁由の錯誤にすぎず、振出行為自体の錯誤とは認められないため、手形行為は無効とならない。 第1 事案の概要:上告人Aは、訴外D物産株式会社に対し、同社が本件手形を「見せ手形」として使用するものと誤信して交付した。しかし、実際にはD社は本件手形を裏書譲渡…