所有権に基く家屋明渡請求事件において、被告が、正権原として、はじめ使用貸借の存在を主張し原告がこれを認めた後に、被告が、右主張を撤回し家屋の前所有者との間に賃貸借が存し原告はこれを承継したものであると主張するにいたつたとしても、これを自白の取消ということはできない。
自白の取消にあたらないと認められた事例。
民訴法232条,民訴法257条
判旨
自己に有利な事実の主張は、相手方がこれを援用したとしても自白には当たらず、その主張を撤回して自己に不利な内容に変更することは自白の取消しには該当しない。したがって、撤回のために「真実反し、かつ、錯誤に基づくこと」の証明は不要であり、時機に後れた攻撃防御方法としての許否のみが問題となる。
問題の所在(論点)
当事者が自己に有利な事実を主張し、相手方がこれを認めた後に、当該当事者が主張を自己に不利な内容へ変更することが「自白の取消し」に該当し、錯誤等の厳格な要件を要するか。
規範
自白とは「自己に不利な事実」を陳述することを指す。自己に有利な事実の主張(権利の発生原因事実等)を相手方が認めた場合、その事実は証明を要しなくなるが、主張者本人がその内容を後に自己に不利な内容(賃貸借から使用貸借への変更等)へ転換したとしても、それは自白の取消しではなく主張の変更に過ぎない。この場合、自白の取消しの要件(反真実および錯誤の証明)を満たす必要はなく、民事訴訟法上の時機に後れた攻撃防御方法(現157条、旧139条)の要件によってその許否が判断される。
重要事実
被告(借主)は、建物明渡請求訴訟において、占有の権原として「原告との間に使用貸借が存する」と主張し、原告はこれを認めた。その後、被告は当該主張を撤回し、前主との間に成立した「賃貸借契約」に基づく占有権原があるとの主張に変更した。原告はこの賃貸借の事実を否認した。原審は、当初の被告の主張を自白と捉え、その取消しには錯誤等の証明が必要であるとして主張の変更を認めなかったため、被告が上告した。
あてはめ
本件において、被告の「使用貸借に基づき占有している」との陳述は、明渡を拒絶する根拠となる自己に有利な事実である。これに対し、原告が当該事実を認める陳述をしたことにより、原告にとって「自己に不利な事実」を認める自白が成立したといえる。その結果、被告は当該事実の立証を免れる利益を得たに過ぎない。被告がこの主張を撤回し、賃貸借の成立という新たな主張を行うことは、立証を要しない有利な主張を、立証を要する主張に変更したに過ぎず、自己に不利な事実を認める「自白」の取消しには当たらない。したがって、錯誤等の証明は不要であり、時機に後れた攻撃防御方法として訴訟完結を遅延させるか否かによって許否を決すべきである。
結論
被告の主張変更は自白の取消しには当たらない。原審が自白の取消しの法理を適用して主張変更を制限したことは違法であり、破棄差し戻しを免れない。
実務上の射程
自己に有利な事実を主張した場合、相手方がそれを援用しても「先行自白」とはならず、撤回に制限はかからない(不要証効が生じるのみ)。司法試験においては、自白の成立要件である「自己に不利な事実」の判定において、証明責任の分配(基本的には証明責任を負わない事実が不利な事実となる)に注意してあてはめる際に有用な規範である。
事件番号: 昭和32(オ)728 / 裁判年月日: 昭和35年7月5日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】裁判上の自白を撤回する場合、必ずしも明示的に真実反する旨および錯誤に基づく旨を主張・立証することを要せず、自白と相容れない事実を主張し、かつその事実が証明された場合には、自白は黙示的に取り消されたものと解するのが相当である。 第1 事案の概要:上告人は第一審において、本件家屋を被上告人から賃借した…