内金受領の時に引き渡し、残金受領の後に所有権移転登記手続をするとの内容の家屋売買契約において、買主側に当初約定の期日に残代金を支払わずにいながらかえつて移転登記申請書類の作成方を強圧的に売主に命じる等の態度があつて、売主として買主に不信をいだき契約の解消を願うのも無理からぬ事情にあつた場合には、売主が一旦引き渡した家屋の占有を取り戻したまま引渡しに応じなかつたとしても、それだけで売主に家屋引渡債務の不履行があるとはいえない。
家屋売買における売主の債務不履行の判断に違法があるとされた事例。
民法415条,民訴法394条
判旨
債務者が債務の履行を怠っている場合であっても、債権者に社会生活上非難されるべき重大な不信行為があるなど、債務者が履行をしないことについて正当な理由がある場合には、債務不履行の責任を負わない。
問題の所在(論点)
債務者が履行を怠っている状態にある場合において、債権者側に著しい不信行為等の事情があるとき、なお債務者に債務不履行の責めを負わせることができるか(債務不履行における帰責事由・正当理由の有無)。
規範
債務不履行の成立には、債務者の責めに帰すべき事由を要する。双務契約において、相手方が契約上の信頼関係を破壊するような社会生活上非難されるべき態度をとり、債務者が契約の解消を望むことも無理からぬ程の強い不信の念を抱くに至った場合には、債務者が履行を停滞させたとしても、その不履行について正当な理由があるものとして、帰責事由が否定される余地がある。
重要事実
売主(上告人)と買主(被上告人)間の不動産売買において、売主は残代金支払後に登記を移転する特約を結んでいたが、買主は残代金の一部を支払わないまま、事実上の占有者から物件(つる湯)の引渡しを受けて経営を開始した。その後、売主が物件の引渡しを受けて自ら経営したことが債務不履行(引渡義務違反)に当たるとされた。しかし、買主側には売主の信頼を著しく損なう事情があり、売主が契約の解消を望むほどに買主に対して強い不信感を抱くに至った事情が認められていた。
あてはめ
本件において、売主が登記手続義務について不履行の責めを負わない(同時履行・先履行関係)との判断がある一方で、物件の占有回復・経営をもって債務不履行と断じることは不十分である。買主の態度が社会生活上非難されるべきものであり、売主が不信の念を抱くことも無理からぬ事情があるならば、売主が債務を履行していないこと(占有を戻さないこと)には「正当な理由」がある可能性がある。このような事情を考慮せずに直ちに債務不履行責任を認めることは、審理不尽・理由不備にあたる。
結論
債権者に重大な不信行為がある場合には、債務者の履行遅滞に正当な理由が認められ、債務不履行責任が否定されることがある。本件については審理を尽くさせるため差戻しを命ずる。
実務上の射程
民法412条の2(履行不能)や415条の帰責事由を判断する際、単なる同時履行の抗弁権(533条)の有無にとどまらず、信義則上の「正当な理由」による不履行の正当化を主張する場面で有用である。特に、契約当事者間の信頼関係が破壊された事案において、形式的な履行遅滞を回避する抗弁の構成として機能する。
事件番号: 昭和37(オ)239 / 裁判年月日: 昭和39年9月29日 / 結論: 棄却
売買契約に基づく当事者双方の債務の履行が完了しない間に、売主が実力を行使して売渡物件を取り戻した場合には、特段の事情の認められないかぎり、引渡債務の履行の効果は消滅し、右債務は未だ履行されない状態に復したものと解するのを相当とする。