実在する会社の代表取締役として約束手形の振出をした者は、会社の商号変更および右代表取締役の就任につき登記がされていなくても、個人として手形上の責任を負うものではない。
商号変更および代表取締役就任の登記の未了と会社の代表取締役として約束手形の振出をした者の手形上の責任。
手形法8条,商法12条
判旨
商号変更や代表取締役就任の登記が未了であっても、実在する会社の代表者が権限に基づき手形を振り出した以上、手形上の責任を負うのは会社自身であり、商法(現行9条)を理由に代表者個人が責任を負うことはない。
問題の所在(論点)
商号変更および代表取締役就任の登記が未了の状態で、新商号かつ代表取締役名義で手形が振り出された場合、代表者個人が手形法8条(または商法9条1項)により手形責任を負うか。
規範
実在する法人の代表者が、その代表権限に基づいて手形行為を行った場合、当該行為の効力は法人に帰属する。商号変更や役員就任の登記が未了であることは、法人自体の実質的な同一性や代表権の存在を否定するものではない。したがって、法人が責任を負うべき状況において、相手方が登記未了について善意であったとしても、登記の対抗力の規定(商法9条1項)を適用して、代表者個人に手形法8条の無権代理人と同様の責任を課すことはできない。
重要事実
株式会社E洋服店は、昭和27年4月に商号を株式会社D商店に変更し、同時に上告人が代表取締役に就任した。上告人は同年5月、D商店代表取締役名義で本件約束手形を振り出した。しかし、振り出し当時、商号変更および代表取締役就任の事実は未登記であった。手形所持人Fの相続人である被上告人らは、登記がなされていない以上、D商店の存在を対抗できないとして、振出人個人(上告人)に対して手形金支払を求めた。
あてはめ
本件におけるD商店は、E洋服店が商号変更したものであり、登記未了であっても実質的に同一の会社として現実に存在していた。また、上告人はその実在する会社の正当な代表取締役であった。そうである以上、本件手形は代表権限に基づいて適法に振り出されたものであり、手形債務は会社に帰属する。所持人Fが登記未了の事実を知らなかったとしても、それによって「本来存在しようのない代表者個人の責任」が生じる余地はない。商法12条(現行9条1項)は、会社が第三者に対して登記事項を対抗できないとする規定であり、これを根拠に代表権がある者の行為を無権代理と擬制し、個人に責任を転嫁することは認められない。
結論
上告人個人は手形上の責任を負わない。法人が責任を負うべき事案であり、被上告人らの請求は棄却される。
実務上の射程
登記の消極的公示力(商法9条1項)と手形責任の帰属に関する重要判例。法人の実態と代表権が実在する限り、登記の有無にかかわらず責任は法人に帰属し、手形法8条による「自称代表者」の責任は否定される。答案上は、登記未了を理由に代表者個人の責任を追及する主張に対する反論として用いる。
事件番号: 昭和32(オ)294 / 裁判年月日: 昭和37年2月15日 / 結論: 棄却
振出当時いまだ法律上存在しない会社の取締役社長何某として振出人欄に署名して振り出された約束手形は、右何某個人によつて振り出されたものと認めるものが相当である。