留置権者が留置物について必要費、有益費を支出しその償還請求権を有するときは、物の保存に必要な範囲を超えた使用に基く場合であつたとしても、その償還請求権につき留置権の発生を妨げない。
留置物の使用が物の保存に必要な範囲を超えた場合の必要費、有益費の支出とその償還請求権に基く留置権発生の有無
民法295条,民法298条,民法299条
判旨
管理契約に基づく浴場建物の占有者が、契約終了前後を問わず当該建物に関して支出した必要費及び有益費の償還請求権を有する場合、その弁済を受けるまで当該建物を留置し、明渡を拒絶することができる。また、留置権者が保存に必要な範囲を超えて使用したとしても、消滅請求がなされない限り留置権は存続する。
問題の所在(論点)
1. 管理契約終了前後の支出に基づく費用償還請求権を被担保債権として、建物全体の留置権を主張できるか。2. 留置権者が保存に必要な範囲を超えて目的物を使用(浴場経営)している場合、消滅請求がなくても留置権は消滅するか。
規範
1. 民法295条1項の「その物に関して生じた債権」には、留置物の占有中に支出した必要費及び有益費の償還請求権が含まれ、当該債権が発生している限り、目的物の明渡を拒絶できる。2. 留置権者が民法298条2項に反して目的物を使用した場合でも、同条3項に基づく留置権消滅の請求がなされない限り、留置権は当然には消滅しない。
重要事実
上告人(所有者)と被上告人の間で浴場建物の管理契約が締結されていたが、後に契約が終了した。被上告人は、契約終了前に浴場の屋根や建具等の修繕費用(必要費)を支出し、さらに契約終了後も建物の占有を継続しながら有益費を支出した。被上告人は、これらの費用償還請求権を被担保債権として、本件浴場建物の留置権を主張し、明渡を拒んだ。これに対し、上告人は、契約終了後の費用は留置権の被担保債権にならないこと、及び被上告人が浴場経営を継続していることは保存に必要な範囲を超えた使用であること等を理由に、留置権の不成立または消滅を主張した。
あてはめ
1. 被上告人が支出した修繕費等は、本件浴場建物自体やその不可分な附属設備(硝子建具等)に関して生じた債権であり、契約終了前後の支出を問わず「その物に関して生じた債権」に当たる。2. 「看板」費用などは該当しないが、建物本体の修繕費が含まれる以上、建物全体の留置が認められる。3. 仮に被上告人による浴場経営が保存に必要な使用の範囲(民法298条2項但書)を逸脱していたとしても、上告人が同条3項に基づく留置権消滅の意思表示をした事実がない以上、留置権は適法に存続する。
結論
被上告人は、必要費及び有益費の償還を受けるまで本件浴場建物を留置でき、明渡義務違反による損害賠償責任も負わない。上告を棄却する。
実務上の射程
契約終了後の占有中に支出した費用であっても、不法占有(民法295条2項)に該当しない限り、留置権の被担保債権となり得ることを示す。また、留置権者の義務違反(無断使用等)があった場合、相手方からの消滅請求という形成権の行使が抗弁として必要であることを再確認する実務上重要な判断である。
事件番号: 昭和45(オ)1142 / 裁判年月日: 昭和47年3月30日 / 結論: 棄却
建物の従前の賃借人が、賃借中支出した費用の償還を請求するためその建物につき留置権を行使した場合には、賃借中と同一の態様をもつて建物の占有・使用を継続することは、特段の事情のないかぎり、留置権に基づく適法な行為と解すべきである。