一 所論は、要するに恐喝罪にかかる本件起訴状の前段記載に「被告人は…塩酸キニーネ一壜(約百五十瓦在中)価格約千円位のものを五万円の塩酸モルヒネと言う高価な薬だと偽つて売却方を依頼した如く見せかけた後」とあるのを指摘し、かかる記載は裁判官に事件に付予断を生ぜしめる虞のある事項にあたり、本件起訴は無効であるというのである。しかしながら本件の場合恐喝手段が正当な権利の行使にあたらないことを示すために本件起訴状に所論指摘のような記載をしても違法ということはできない。 二 刑訴第四七条本文は訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによつて訴訟関係人の名誉を毀損し、公序良俗を害し、または裁判に対する不当な影響を引き起すことを防止するための規定である。 三 検察官が公訴の提起という本来の職務を行うために、その保管にかかり、捜査中の他の被疑事件記録中の書類から知得した事実を起訴状の公訴事実のなかに公訴の提起に必要なかぎり記載してこれを公にすることは、刑訴第四七条但書にあたるものと解すべきである。 四 仮りにこの原審における証人尋問の請求が刑訴三九三条但書前段の要件を具備するとしても、なおその証人を取り調べることが但書後段の要件を具備しこれを取り調べる必要のある場合にあたるかどうかは、結局原審の判断によつて決せられる事項であるから、原審が弁護人の請求の理由と、すでに取り調べた事実と証拠とを合せて考えた上、右証人を取り調べなければならない場合に当らないものとして却下したことはなんら違法ということはできない。
一 恐喝罪の起訴状に、恐喝手段が正当な権利の行使にあたらないことを示す為に被告人の所為を記載することと刑訴法第二五六条第六項 二 刑訴第四七条本文の注意 三 刑訴第四七条但書にあたる一事例 四 控訴審における刑訴第三九三条但書による事実取調のための証人尋問請求却下の当否
刑法249条,刑訴法256条6項,刑訴法47条,刑訴法256条,刑訴法393条,刑訴規則164条
判旨
起訴状に犯罪構成要件に該当する事実以外に、これと密接不可分な事実を記載して訴因を明らかにすることは、起訴状一本主義(刑訴法256条6項)に反しない。また、検察官が公訴提起のため、保管中の他事件の供述内容から知得した事実を記載することは、刑訴法47条但書に基づき適法である。
問題の所在(論点)
起訴状において、構成要件に直接該当しない前位事実を記載することが、刑訴法256条6項(起訴状一本主義)に抵触し、予断を抱かせる記載として許されないのではないか。また、他事件の供述内容を起訴状に引用することが、刑訴法47条に違反しないか。
規範
1. 起訴状への事実記載について:公訴事実を記載する際、犯罪構成要件に該当する事実自体のほか、これと密接不可分の事実を記載して訴因を明らかにすることは、裁判官に予断を生じさせるおそれがある事項の記載を禁じた刑訴法256条6項に違反しない。2. 訴訟書類の目的外利用について:検察官が公訴提起という本来の職務を行うため、その保管に係る他の被疑事件により知得した事実を公訴に必要な限りで記載することは、刑訴法47条但書の「公益上の必要がある場合」等にあたり、同条本文に違反しない。
重要事実
被告人は恐喝罪で起訴されたが、起訴状には「安価な薬(塩酸キニーネ)を高価な薬(塩酸モルヒネ)と偽って売却を依頼したかのように見せかけた後、恐喝した」旨の前段事実が記載されていた。弁護人は、この記載が裁判官に予断を生じさせるものであり、また捜査段階の他人の供述調書の内容を引用したものであるから、起訴状一本主義(256条6項)及び訴訟書類の公開禁止(47条)に違反し、起訴は無効であると主張して上告した。
あてはめ
1. 本件起訴状の記載は、恐喝手段が単なる「正当な権利の行使」ではないことを示すために必要なものであり、恐喝罪の構成要件的事実と密接不可分な関係にある。したがって、訴因を明確にするための記載として正当化され、予断を生じさせる違法な記載にはあたらない。2. 検察官による他事件の供述事実の引用は、公訴提起という検察官の本来の職務遂行のために必要な範囲内で行われており、訴訟関係人の名誉毀損や裁判への不当な影響を防止しようとする47条の趣旨を害さず、同条但書により許容される。
結論
本件起訴状の記載は刑訴法256条6項及び47条に違反せず、有効である。したがって、本件上告は棄却される。
実務上の射程
起訴状一本主義との関係で、訴因の特定に必要な「密接不可分な事実」の範囲を認めた重要な先例。実務上、犯行の動機、経緯、態様などを具体化する過程で、構成要件外の事実であっても、犯行の性質を明らかにするために必要不可欠な範囲であれば記載可能であると解する際の論拠となる。
事件番号: 昭和28(あ)3906 / 裁判年月日: 昭和33年5月20日 / 結論: 棄却
一 本件起訴状に被告人の経歴等に関する詳細な記載があるからといつてそれが刑訴法第二五六条第六項に違反するものであるということはできない 二 恐喝の手段として被害者に郵送された脅迫文書の趣旨が婉曲暗示的であつて、起訴状にこれを要約摘示するには相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状にそ…
事件番号: 昭和26(あ)5087 / 裁判年月日: 昭和27年4月8日 / 結論: 棄却
「被告人は賭博恐喝等の前科数犯あり、その乾分数名と無為徒食し常に粗暴なる言動ある為世人の嫌忌畏怖して居るに乗じ恐喝せんことを企て」なる起訴状の記載は、恐喝罪の構成要件たる事実であるから、これを起訴状に記載したことは違法ではない(昭和二六年(あ)第二一四四号同年一二月一八日当裁判所決定、昭和二五年(あ)第一〇八九号同二七…