被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被害者の疾患をしんしゃくすることができる。
損害賠償額の算定に当たって加害行為前から存在した被害者の疾患をしんしゃくすることの可否
民法722条2項
判旨
加害行為と被害者の疾患が共に原因で損害が発生した場合、疾患の態様や程度を考慮して損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、民法722条2項を類推適用して損害額を減額できる。
問題の所在(論点)
不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求において、被害者が既に罹患していた「疾患」が損害の結果に影響を及ぼしている場合、民法722条2項を類推適用して賠償額を減額(素因減額)することができるか。
規範
被害者の有する「疾患」が損害の発生や拡大に寄与した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、損害賠償法の理念である損害の公平な分担を図るため、民法722条2項(過失相殺)の規定を類推適用して、損害賠償額を定めるに当たり被害者の当該疾患をしんしゃくすることができる。
重要事実
被害者Dは、本件事故の約1ヶ月前に重度の一酸化炭素中毒に罹患していた。その後、被上告人Bの運転する車両に衝突される事故に遭い、頭部打撲傷を負った。Dは事故直後こそ自立していたが、間もなく記憶喪失や奇異な振舞い等の精神障害を呈し、3年後に死亡した。CT検査の結果、脳の萎縮は事故による外傷だけでは説明困難であり、潜在化していた一酸化炭素中毒の症状が事故を引金に顕在・増悪したことが原因であると認定された。
あてはめ
Dの精神障害および死亡という損害は、事故による外傷と、事故前の一酸化炭素中毒という疾患が併存競合して発生したものである。脳の萎縮という疾患の程度は軽微ではなく、事故の衝撃が引金となって症状を顕在化させている。このような疾患の寄与がある場合に、加害者に全損害を負担させるのは公平を欠く。したがって、一酸化炭素中毒の態様や程度を考慮し、民法722条2項を類推適用して5割の減額を認めた原審の判断は正当である。
結論
被害者の疾患が損害に寄与している場合、公平の観点から民法722条2項を類推適用して賠償額を減額することが認められる。
実務上の射程
身体的素因(疾患)による減額のリーディングケースである。答案上は、まず条件関係としての因果関係を認めた上で、公平な分担の観点から賠償額を調整する段階(過失相殺の類推適用)で論じる。なお、本判決は「疾患」に関するものであり、個体差の範囲内である「性格」等の心因的素因については、特段の事情がない限り減額できないとした別判例(最判平6.2.8)との書き分けに注意が必要である。
事件番号: 平成5(オ)875 / 裁判年月日: 平成8年10月29日 / 結論: 破棄差戻
一 不法行為により傷害を被った被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有しており、これが、加害行為と競合して傷害を発生させ、又は損害の拡大に寄与したとしても、右身体的特徴が疾患に当たらないときは、特段の事情がない限り、これを損害賠償の額を定めるに当たりしんしゃくすることはできない。 二 交通事故により傷…
事件番号: 昭和44(オ)912 / 裁判年月日: 昭和44年11月13日
【結論(判旨の要点)】不法行為に基づく損害賠償請求において、被害者の持病や身体的特徴が損害の発生や拡大に寄与した場合、特段の事情がない限り、公平の理念に基づき民法722条2項を類推適用して賠償額を減額することができる。 第1 事案の概要:被害者は、加害者の運転する車両に追突される事故に遭った。被害者には事故前から、身体…
事件番号: 令和5(受)1838 / 裁判年月日: 令和7年7月4日 / 結論: 棄却
被保険者が自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により傷害を被った時に既に存在していた身体の障害又は疾病の影響により、上記傷害が重大となった場合には、保険会社は、その影響がなかったときに相当する金額を支払う旨の定めがある自動車保険契約の人身傷害条項の被保険者である被害者に対する加害行為と加害行為…