登記権利者及び登記義務者双方から登記手続の委託を受け、右手続に必要な書類の交付を受けた司法書士は、手続の完了前に登記義務者から右書類の返還を求められても、登記権利者に対する関係では、同人の同意があるなど特段の事情のない限り、その返還を拒むべき委任契約上の義務がある。
登記権利者及び登記義務者双方から登記手続の委託を受けた司法書士が登記義務者から登記手続に必要な書類の返還を求められた場合における登記権利者に対する委任契約上の義務
民法644条,民法651条,司法書士法1条
判旨
不動産売買において当事者双方から登記手続を委託された司法書士は、特段の事情のない限り、登記権利者の同意なく登記義務者へ書類を返還してはならず、これに違反して登記不能を招いた場合は債務不履行責任を負う。
問題の所在(論点)
不動産売買の当事者双方から登記申請を受任した司法書士が、登記義務者(売主)の求めに応じて一方的に登記必要書類を返還した場合、登記権利者(買主)に対する債務不履行責任を負うか。民法651条1項による解除の自由と司法書士の保管義務の関係が問題となる。
規範
売買契約に基づく当事者双方からの登記受託において、各委任契約は相互に関連し、登記義務者の委任も登記権利者の利益を目的とする。したがって、民法651条1項にかかわらず、登記義務者は登記権利者の同意等がない限り委任を解除できず、司法書士は書類の返還を拒むべき義務を負う。これに反する書類返還で登記不能となった場合、司法書士に帰責事由ある債務不履行(履行不能)が成立する。
重要事実
買主らは売主から土地を買い受け、司法書士である被告に対し、売主・買主双方から所有権移転仮登記手続を委託し、必要書類を交付した。しかし被告は、数日後に売主から書類の返還を求められ、買主の同意を得ることなくこれに応じた。その後、売主が倒産し、土地は他へ売却・登記されたため、買主らは所有権を取得できず、支払済みの手付金相当額の損害を被った。
あてはめ
本件では、被告は双方から仮登記手続を委託されており、売買契約の目的達成(完全な所有権移転)に対する買主の期待を認識していたといえる。この場合、売主の委任契約は買主の利益も目的としており、被告が保管する書類は買主のためにも保管されるべきものである。被告は、買主の同意がない以上、売主の返還請求を拒絶すべき義務があった。それにもかかわらず安易に返還したことで登記を不能にしたことは、受任者としての善管注意義務に違反し、被告の責めに帰すべき履行不能にあたる。
結論
被告である司法書士は、登記権利者である買主らに対し、委任契約上の債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
実務上の射程
司法書士の「双方代理」的側面における中立的・信認的義務を肯定した重要判例である。民法651条1項の解除の自由が、契約の性質や第三者の利益保護の観点から制限される場面として、答案上は「受任者の義務」や「委任の解除制限」の論述で活用できる。実務上も、双方受託した司法書士が一方の依頼のみで書類を返却することの危険性を警告する指針となっている。
事件番号: 昭和48(オ)293 / 裁判年月日: 昭和50年11月28日 / 結論: 棄却
司法書士は、登記義務者の代理人と称する者の依頼により登記申請をするにあたり、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情がある場合には、登記義務者本人について代理権授与の有無を確かめ、不正な登記がされることがないように注意を払う義務がある。
事件番号: 昭和39(オ)1051 / 裁判年月日: 昭和42年4月6日 / 結論: 棄却
畑を宅地に転用するための農地の売買契約がなされた場合において、売主が知事に対する許可申請手続に必要な書類を買主に交付したのに、買主が特段の事情もなく右許可申請手続をしないときには、売主は、これを理由に売買契約を解除することができる。