家督相続をした長男が、家庭裁判所における調停により、母に対しその老後の生活保障と妹らの扶養及び婚姻費用等に充てる目的で農地を贈与して引渡を終わり、母が、二十数年これを耕作し、妹らの扶養及び婚姻等の諸費用を負担したなど判示の事実関係のもとにおいて、母から農地法三条の許可申請に協力を求められた右長男がその許可申請協力請求権につき消滅時効を援用することは、権利の濫用にあたる。
消滅時効の援用が権利濫用にあたるとされた事例
民法1条3項,民法145条
判旨
農地の贈与を受け20数年間引渡しを受けて耕作を続けていた受贈者が、長期間許可申請手続を求めなかったとしても、贈与者が消滅時効を援用することは信義則に反し権利の濫用として許されない。また、所有権に基づく登記請求権は消滅時効にかからない。
問題の所在(論点)
1. 農地の贈与に基づく許可申請手続協力請求権(債権的請求権)に対し、贈与者が消滅時効を援用することが許されるか。 2. 所有権に基づく登記請求権は消滅時効にかかるか。
規範
1. 債権的請求権であっても、権利行使を怠ったことにつき正当な理由があり、かつ相手方がその権利の存在を前提とした状況を長期間継続させていた場合、消滅時効の援用は信義則(民法1条2項)に反し、権利の濫用(同条3項)として許されない。 2. 物権的請求権(所有権に基づく登記請求権)は、その性質上、消滅時効にかからない。
重要事実
上告人は父の遺産を家督相続した後、家庭裁判所の調停により、母(被上告人)の老後保障や妹らの扶養・婚姻費用に充てる目的で本件土地を母に贈与し、引き渡した。母は20数年間にわたり当該土地を耕作し、実際に扶養等の諸費用を負担してきた。母が農地法3条の許可申請協力を求めなかったのは、既に引渡しを受け耕作中であり、かつ母が老齢で、贈与が母子間で行われたという事情があった。その後、母が許可申請手続の協力を求めた際、上告人は当該請求権の消滅時効を援用した。
事件番号: 昭和51(オ)727 / 裁判年月日: 昭和51年11月5日 / 結論: 棄却
不動産の譲渡による所有権移転登記請求権は、右譲渡によつて生じた所有権移転の事実が存する限り独立して消滅時効にかからない。
あてはめ
1. 本件贈与は家族の生活保障という重要な目的で行われ、母は引渡しを受けてから20数年間継続して耕作という実体を維持してきた。母が長期間手続を求めなかったのは、母子間の信頼関係や既になされた占有・耕作の実態に依拠したものであり、正当な事情があるといえる。このような状況下で、贈与者である上告人が時効を援用して贈与を無に帰せしめることは、著しく正義に反し、信義則上の権利濫用にあたる。 2. 所有権に基づく登記請求権については、物権そのものが消滅時効にかからない以上、その作用である請求権も消滅時効にかからないと解するのが相当である。
結論
1. 本件における消滅時効の援用は、信義則に反し、権利の濫用として許されない。 2. 所有権に基づく登記請求権は消滅時効にかからない。
実務上の射程
消滅時効の援用制限に関する「特段の事情」を具体化した判例である。特に、親族間の合意や引渡し済みの事実、長期間の占有継続がある事案では、時効による権利消滅を否定する有力な根拠となる。答案上は、時効完成を認めた上で、結論の妥当性を図るための「信義則・権利濫用」のあてはめモデルとして活用できる。また、所有権に基づく請求権の非時効性の判旨も極めて重要である。
事件番号: 昭和41(オ)441 / 裁判年月日: 昭和43年12月24日 / 結論: 棄却
一、農地の受贈者に農地所有権移転に必要な知事の許可を妨げる事由がある場合であつても、右受贈者から贈与者に対して、知事に対する許可申請手続および右許可を条件とする所有権移転登記手続を求める訴えの利益は失われない。 二、農地の受贈者から贈与者に対し、時効期間内に、農地所有権移転登記手続の請求が提訴された場合において、その後…
事件番号: 昭和56(オ)575 / 裁判年月日: 昭和56年10月1日 / 結論: 棄却
農地の受贈者の贈与者に対して有する知事に対する所有権移転許可申請協力請求権は、民法一六七条一項所定の債権にあたる。
事件番号: 昭和39(オ)1051 / 裁判年月日: 昭和42年4月6日 / 結論: 棄却
畑を宅地に転用するための農地の売買契約がなされた場合において、売主が知事に対する許可申請手続に必要な書類を買主に交付したのに、買主が特段の事情もなく右許可申請手続をしないときには、売主は、これを理由に売買契約を解除することができる。
事件番号: 昭和59(オ)758 / 裁判年月日: 昭和63年12月6日 / 結論: その他
農地の譲受人が、当該各譲渡について必要な農地調整法(昭和二二年法律第二四〇号による改正前のもの)四条一項所定の地方長官の許可又は農地法(昭和四五年法律第七八号による改正前のもの又は同年法律第五五号による改正前のもの)三条所定の知事の許可を受けていないときは、特段の事情のない限り、右農地を占有するに当たつてこれを自己の所…