病気のため入院中の内縁の夫が、同棲に使用していたその所有家屋を妻に贈与するに際して、自己の実印を該家屋を買受けたときの契約書とともに妻に交付する等判示事実関係のもとにおいては、簡易の引渡による該家屋の占有移転があつたものとみるべきであるから、これにより、右贈与の履行が終つたものと解すべきである。
家屋の贈与につき履行が終つたものとされた事例。
民法550条,民法182条2項
判旨
内縁の妻が占有補助者として居住する家屋について、贈与に伴い権利証書等が交付された場合、簡易の引渡しによる占有移転が認められ、書面によらない贈与の履行が完了する。
問題の所在(論点)
内縁の妻として占有補助者の地位にあった受贈者に対し、贈与の意思表示とともに権利証書等が交付された場合、簡易の引渡しによる「履行」があったといえるか。
規範
書面によらない贈与は、各当事者が解除することができるが、「履行の終わった」部分については解除できない(民法550条但書)。不動産贈与において、登記がない場合であっても、引渡しが完了していれば「履行の終わった」ものと解される。また、受贈者が既に目的物を所持する場合には、意思表示のみによる簡易の引渡し(同法182条2項)によっても占有権の移転(=引渡し)は認められる。
重要事実
被上告人は、亡Dと内縁の夫婦として本件家屋に同棲していた。Dは癌で入院し余命幾ばくもないことを悟り、被上告人に対し、本件家屋と土地を贈与する旨の意思表示をした。その際、Dは当該不動産の買受契約書(権利証書に相当)と実印を被上告人に交付した。その後、Dが死亡したため、Dの相続人(上告人ら)が贈与の撤回を主張して家屋の明け渡し等を求めた。
あてはめ
被上告人は贈与前から家屋に居住していたが、その法律関係はDの占有補助者にすぎなかった。しかし、本件贈与の際、Dから家屋の買受契約書および実印という「権利の表象」が交付されたことにより、Dから被上告人に対し、占有補助者の地位を脱却させる占有移転の合意があったと認められる。したがって、簡易の引渡し(民法182条2項)による占有移転が行われたといえ、これをもって贈与の履行は完了したと評価される。なお、贈与後に被上告人が一時的に家屋を不在にした事実は、既に発生した占有移転の効力を左右しない。
結論
本件贈与は履行を完了しており、民法550条但書により取り消すことができない。よって、上告人の請求は認められない。
実務上の射程
占有補助者の地位にある者(同居家族等)への贈与において、登記未了でも「履行完了」を認めるためのメルクマールとして「権利証書類の交付」を重視した点に実務上の意義がある。答案では、登記なき引渡しの事案において、簡易の引渡しの成否を検討する際の有力な論拠となる。
事件番号: 昭和36(オ)1304 / 裁判年月日: 昭和38年10月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃貸借契約終了後の家屋明渡義務につき、執行吏に対し口頭で明渡を承諾したのみで現実の占有状況に変動がない場合は、代理占有の終了を主張したとしても明渡義務を履行したものとは認められない。したがって、債務者は債権者に対し、現実の返還を完了するまで賃料相当額の損害賠償義務を負う。 第1 事案の概要:被上告…