国が所有者から賃借して占領軍に提供し、空軍基地地域の一部として使用させていた土地を、占領状態終結とともに、契約期間の満了によつて賃借権を失つた後も、引き続き、駐留軍に提供して使用させている場合において、国の駐留軍に対する右提供が条約上の義務履行としてなされているものであり、かつ、右土地が現にガソリンの地下貯蔵設備の用地として使用されていて、その明渡によつて所有者の受ける利益に比し国のこうむる損害がより大である等判示の事情があるときは、所有者の国に対する右土地明渡請求は、私権の本質である社会性、公共性を無視する過当な請求として許されないものと解するのが相当である。
所有権に基づく土地明渡請求が権利の濫用であるとされた事例。
民法1条,民法206条
判旨
日米安全保障条約に基づく提供義務履行のため駐留軍が使用する土地について、国が適法な使用権原を欠く場合であっても、明渡しによる国の損害が土地所有者の利益を著しく上回るなどの事情があるときは、その明渡請求は権利の濫用として許されない。
問題の所在(論点)
国が適法な権原なく土地を占有している場合において、土地所有者が所有権に基づき明渡しを求めることが、民法1条3項の権利の濫用に該当し、制限されることがあるか。
規範
私権には社会性・公共性が備わっており、その行使は信義則に従い、権利の濫用であってはならない。権利の行使が濫用に当たるかは、権利者が受ける利益と、相手方が受ける損害を比較検討し、さらに権利行使の目的や社会的事情等を総合的に考慮して判断する。土地所有権に基づく明渡請求であっても、公共の利益との調和が強く求められる場面では、加害の意思がなくても権利の濫用となり得る。
重要事実
上告人らの所有地は板付空軍基地として接収・使用されていたが、占領終了後の賃貸借契約の締結を上告人らが拒否したため、国は適法な権原を欠く状態で占有を継続し、駐留軍に提供していた。当該土地には多額の費用を投じたガソリン貯蔵設備が存在し、明渡しには莫大な費用を要し、基地運営に甚大な支障を来す状況であった。一方、国は特別措置法に基づく収用等の手続を怠っていたが、上告人らは不法行為等の金銭賠償ではなく、土地の明渡しを求めて提訴した。
あてはめ
国が収用手続を怠った落度はあるが、条約上の提供義務履行という国の義務があり、所有者もこれに協力すべき立場にある。土地には巨額の投資がなされた基地施設が存在し、明渡しによる国の損害は甚大であるのに対し、所有者が得る利益と比較してその均衡を著しく失している。また、元々契約に基づき形成された使用関係が占領終了のみで当然に消滅すべきではなく、駐留軍による使用の必要性が大きい限り存続を認めるべき合理的根拠がある。したがって、本件明渡請求は私権の社会性・公共性を無視した過当な請求といえる。
結論
上告人らによる本件土地の明渡請求は権利の濫用に当たり、認められない。
実務上の射程
権利の濫用を肯定する際の比較衡量において、公共の利益(本件では条約上の義務や国防上の重要性)を極めて重視した判断である。私法上の権利行使が公的利益と対立する場合、金銭賠償による救済の余地があるならば、原状回復(明渡し)請求は制限されやすいという実務上の指針となる。
事件番号: 昭和39(オ)868 / 裁判年月日: 昭和43年9月3日 / 結論: 棄却
対抗力を具備しない土地賃借権者に対し建物収去土地明渡を求めることが権利濫用となる場合においても、土地所有権の取得者が、右賃借権者に対し、違法に土地を占有するものであることを理由に損害の賠償を請求することは、許される。
事件番号: 昭和33(オ)1024 / 裁判年月日: 昭和35年9月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】土地所有者が土地の使用を容認していたとはいえない状況において、当該土地の明渡し等を求める請求は、特段の事情がない限り権利の濫用(民法1条3項)には当たらない。 第1 事案の概要:上告人(被告)が本件土地を使用していたところ、被上告人ら(原告)が土地所有権に基づき本訴請求(明渡し等)を提起した。上告…