一 農地買収令書発付後約三年四箇月を経過した後に、買収目的地の十分の一に満たない部分が宅地であつたという理由で買収令書の全部を取り消すことは、買収令書の売渡を受くべき者の利益を犠牲に供してもなお買収令書の全部を取り消さねばならない特段の公益上の必要がある場合でないかぎり、違法と解すべきである。 二 行政処分取消訴訟の出訴期間内に提起された行政処分無効確認請求は、その取消請求を含むものと解すべきである。
一 農地買収令書の全部取消が違法とされた事例。 二 行政処分取消訴訟の出訴期間内に提起された行政処分無効確認請求の趣旨。
自作農創設特別措置法9条,行政事件訴訟特例法1条,行政事件訴訟特例法5条
判旨
行政庁が一度行った適法な行政処分を撤回(取消し)する場合、相手方の利益を犠牲にしてもなお撤回すべき公益上の必要性が認められる等の「特段の事情」がない限り、当該撤回は違法となる。
問題の所在(論点)
適法に成立した行政処分(本件では買収令書)を、後発的理由や瑕疵の発見を理由に行政庁が取り消す(撤回する)際の裁量権の限界が問題となる。
規範
行政処分を行った行政庁は、その処分を維持することが公益に適合しなくなった場合には、法律の根拠がなくとも、当該処分を将来に向かって撤回できるのが原則である。しかし、撤回によって相手方が被る既得権や信頼の保護という私益と、撤回によって達成される公益を比較衡量すべきであり、「相手方の利益を犠牲に供してもなおかつ処分を取り消さなければならない公益上の必要がある」という特段の事情が認められない限り、当該撤回処分は違法となる。
重要事実
秋田県知事(被上告人)は、農地買収のため訴外D所有の土地に買収令書を発したが、約3年4ヶ月経過後に、買収地の一部(約10分の1)に宅地が含まれていたことを理由に、買収令書を全部取り消した。一方、上告人は、当該土地のうち農地部分について売渡しを受けるべき地位にあった。
事件番号: 昭和33(オ)91 / 裁判年月日: 昭和35年6月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】行政処分の取消事由にすぎない瑕疵がある場合であっても、その瑕疵が処分を当然無効ならしめるほどの重大かつ明白なものでない限り、当該処分は当然には無効とならない。 第1 事案の概要:上告人は、農地買収処分に以下の無効原因があると主張した。(1)県係員の虚偽指示に基づく買収計画、(2)異議却下時の農地委…
あてはめ
本件では、買収地のごく一部に宅地が含まれていたに過ぎず、残りの大部分は農地であった。売渡しを受けるべき上告人の利益が存在する中で、農地部分を含めた買収令書の「全部」を取り消さなければならないほどの公益上の必要性は、特段の事情がない限り認められない。原審がこの特段の事情の有無を検討せずに撤回を適法としたことは、法解釈の誤り及び審理不尽にあたる。
結論
本件取消処分(撤回)は、特段の事情がない限り違法の瑕疵を帯びる。また、無効確認請求の中には出訴期間内であれば取消請求も含まれると解され、原判決を破棄し差し戻すべきである。
実務上の射程
行政処分の「撤回」に関するリーディングケースである。答案上では、授益的行政処分の撤回の可否と限界が問われた際、明文規定がなくとも撤回可能であることの根拠(公益適合性)と、限界としての比較衡量(本判決の「特段の事情」の枠組み)を論じる際に用いる。
事件番号: 昭和30(オ)138 / 裁判年月日: 昭和31年5月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】行政処分が法律上の手続規定に違反してなされた場合であっても、その瑕疵が当然に処分を無効とするものではなく、出訴期間内に取り消されない限り、公定力により有効なものとして取り扱われる。 第1 事案の概要:自作農創設特別措置法に基づき農地の買収処分が行われた際、買収令書が真の所有者である上告人ではなく、…
事件番号: 昭和24(オ)223 / 裁判年月日: 昭和29年9月28日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】農地委員会は、客観的に準区域と認められる農地を準区域として指定・承認すべき法律上の義務があり、これを怠ってなされた買収処分は違法となる。また、買収処分の取消訴訟等において、当該指定がなされなかった違法を主張することが認められる。 第1 事案の概要:上告人の所有する本件土地(a部落)はb村に所在する…
事件番号: 昭和32(オ)883 / 裁判年月日: 昭和33年10月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】行政処分が当然無効とされるためには、その瑕疵が重大かつ明白であることを要する。事実に反する無理な認定により法律上の要件を欠くことが明白な状況下で強行された農地買収処分は、重大かつ明白な瑕疵があり当然無効である。 第1 事案の概要:被上告人はa村に居住し、そこを生活の本拠としていることは村民周知の明…
事件番号: 昭和37(オ)1388 / 裁判年月日: 昭和38年12月12日 / 結論: 棄却
利害関係を有する者が農地委員会長として関与してなされた自作農創設特別措置法三条の規定に基づく農地買収計画樹立決議は、違法ではあるが、他に著しく決議の公正を害する特段の事由の認められないかぎり無効ではない。