一 使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺は、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)二四条一項本文に違反しない。 二 甲会社の従業員乙が、銀行等から住宅資金の貸付けを受けるに当たり、退職時には乙の退職金等により融資残債務を一括返済し、甲会社に対しその返済手続を委任する等の約定をし、甲会社が、乙の同意の下に、右委任に基づく返済費用前払請求権をもつて乙の有する退職金債権等と相殺した場合において、右返済に関する手続を乙が自発的に依頼しており、右貸付けが低利かつ相当長期の挽割弁済の約定の下にされたものであつて、その利子の一部を甲会社が負担する措置が執られるなど判示の事情があるときは、右相殺は、乙の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したものとして、有効と解すべきである。 三 甲会社の従業員乙が、銀行等から住宅資金の貸付けを受けるに当たり、退職時には乙の退職金等により融資残債務を一括返済し、甲会社に対しその返済手続を委任する等の約定をした場合において、甲会社が、乙の破産宣告前、右約定の趣旨を確認する旨の乙の同意の下に、右委任に基づく返済費用前払請求権をもつてした乙の有する退職金債権等との相殺は、否認権行使の対象とならない。
一 使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺と労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)二四条・一項本文 二 使用者が労働者の同意の下に労働者の退職金債権等に対してした相殺が有効とされた事例 三 使用者が労働者の同意の下に労働者の退職金債権等に対してして相殺が否認権行使の対象とならないとされた事例
労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)24条1項,民法91条,民法505条1項,破産法72条,破産法98条
判旨
労働基準法24条1項の賃金全額払原則は、使用者による一方的な相殺を禁止するが、労働者が自由な意思に基づき相殺に同意した場合には、その同意が労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、相殺が許容される。
問題の所在(論点)
労働基準法24条1項(賃金全額払の原則)の下で、労働者の同意に基づく相殺が許容されるための要件およびその判断基準。
規範
労働基準法24条1項本文の趣旨は、労働者に賃金全額を確実に受領させ、その経済生活を保護することにある。したがって、使用者が労働者に対して有する債権をもって賃金債権と相殺することは原則として禁止される。もっとも、労働者が自らの自由な意思に基づき相殺に同意した場合において、その同意が労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる「合理的な理由が客観的に存在するとき」は、同条に違反しない。ただし、この認定は厳格かつ慎重に行われなければならない。
重要事実
労働者B1は、会社から住宅資金の融資を受け、退職時には退職金等から残債務を一括償還する旨を約していた。B1は多額の負債を抱え破産を検討する状況下で、会社や連帯保証人の同僚に迷惑をかけたくないと考え、自ら会社に対し、退職金と給与をもって住宅ローン等の残債務を返済したいと申し出た。B1は「会社に一任することに異存ありません」との委任状を提出し、会社はこれに基づき退職金等と貸付金債権を相殺した(本件相殺)。その後、B1は破産宣告を受け、破産管財人が本件相殺の無効を主張した。
あてはめ
まず、B1は借入の際、低利かつ無担保という福利厚生上の利益を享受しており、退職時の一括返済約定も十分に認識していた。次に、本件相殺に際し、B1は自ら自発的に返済を依頼しており、会社による強要等の事情は一切認められない。さらに、相殺後の清算手続においても、B1は異議なく書類に署名押印している。これらの諸事実に照らせば、B1の同意は自由な意思に基づくものと認めるに足りる「合理的な理由が客観的に存在した」といえる。
結論
本件相殺は、労働者の自由な意思に基づく合理的な理由が客観的に存在するため、労働基準法24条1項に違反せず有効である。
実務上の射程
労働者側からの同意がある場合の相殺に関するリーディングケースである。答案上は、全額払原則の趣旨から原則禁止を述べた上で、例外的に「自由な意思に基づく合理的な理由の客観的存在」という厳格な枠組みを提示し、具体的合意の自発性や労働者の不利益性を検討する際の規範として用いる。
事件番号: 昭和40(オ)527 / 裁判年月日: 昭和43年3月12日 / 結論: 棄却
一、国家公務員等退職手当法に基づいて支給される一般の退職手当は、労働基準法第一一条所定の賃金に該当し、その支払については、性質の許すかぎり、同法第二四条第一項本文の規定が適用または準用される。 二、右退職手当の支給前に、退職者またはその予定者が退職手当の受給権を他に譲渡した場合において、譲受人が直接国または公社に対して…