生まれつき口の形が変わつている生後三か月の嬰児の窒息による変死について、捜査当局においてはその屍体解剖を終えたばかりで、まだ家族に対する事情聴取もすんでおらず、その死が単なる事故死であるという可能性も考えられ、捜査当局が未だ公の発表をしていない段階において、家族の誰かがこれを殺害したものであるというような印象を読者に与える記事を新聞紙上に掲載するにあたつては、たとえその記事が解剖医および刑事官から取材して得た情報に基づくものであるなど原判示の事情(原判決理由参照)があつても、新聞社の担当者が、裏付取材をしないでその内容を真実と信じたことについては、相当の理由があつたものとはいえない。
新聞記事掲載にあたりその内容を真実と信ずるにつき相当の理由があるとはいえないとされた事例
民法709条,民法710条
判旨
名誉毀損における真実相当性の判断に関し、捜査当局の正式な公表前、かつ事故死の可能性も残る段階で家族による殺害の疑いを報じる際、捜査関係者の内諾や医師の供述があるだけでは足りず、当事者への再取材等の慎重な裏付取材を欠いた場合には、真実と信ずるにつき相当の理由があるとはいえない。
問題の所在(論点)
捜査当局の公式発表前において、捜査関係者や医師からの取材に基づき犯罪容疑を報じた場合、当事者への直接取材が尽くされていない状況下で、真実と信ずるにつき「相当の理由」が認められるか(民法709条の過失の有無)。
規範
不法行為法上の名誉毀損について、摘示した事実が真実であると証明されない場合であっても、行為者がその事実を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは、故意・過失が否定される。この「相当の理由」の有無は、報道の内容、被害者に与える不利益の程度、情報源の信頼性、裏付取材の尽否等を総合して判断すべきであり、特に捜査段階の未公表事案を報じる際は、不当な人権侵害を避けるためより慎重な裏付取材が求められる。
重要事実
新聞社が、生後3か月の嬰児が死亡した事案につき、遺体に口唇変形があったことから「家族が悲観して殺害した疑いが強まった」旨の記事を掲載した。記者は、執刀医から「窒息死で疑いがある」との談話を得、広報権限のある刑事官からも記事化の了承を得ていた。しかし、当時は解剖直後で家族への聴取前であり、公の発表もなされていなかった。記者は一度家族宅を訪ねたが面会を拒否され、その後の再取材を行わないまま、締め切り時間が迫っていたため記事を掲載した。後に殺害の事実は認められないと判断された。
あてはめ
本件記事の内容は、生後間もない嬰児の変死に関し、家族が殺害したという重大な犯罪嫌疑を抱かせるものである。取材経緯をみると、刑事官や医師からの情報は得ているものの、捜査当局による公の発表がなされていない段階であり、単なる事故死の可能性も否定できない。このような段階での報道は、対象者の名誉に深刻な影響を及ぼす。それにもかかわらず、記者は家族から面会を拒否された後に再度取材を試みるなどの慎重な裏付取材を尽くしておらず、締切り等の事情からたやすく記事を掲載したといえる。したがって、入手した情報が捜査当局の広報権限者によるものであったとしても、それだけで真実と信じたことに相当な理由があるとはいえない。
結論
新聞社の担当者に過失がなかったとはいえず、名誉毀損による不法行為責任を免れない。原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあるため、破棄差し戻しを免れない。
実務上の射程
夕刊・朝刊等の締切り時間といった報道機関側の事情は、裏付取材を省略する正当な理由にはならない。公的な情報源(警察官や医師)が存在しても、それが「公の発表(公式会見等)」でない限り、独立した裏付取材(特に反論権の保障としての当事者取材)の重要性が高まることを示す射程の広い判例である。
事件番号: 平成9(オ)1371 / 裁判年月日: 平成14年1月29日 / 結論: 破棄差戻
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