受任者が民法六五〇条二項前段に基づいて有する代弁済請求権に対しては、委任者は、受任者に対する債権をもつて相殺することはできない。
民法六五〇条二項前段の代弁済請求権と相殺
民法505条1項,民法650条2項
判旨
受任者の委任者に対する代弁済請求権(民法650条2項前段)を、委任者が受任者に対する既存の金銭債権を自働債権として相殺することは、両債権が同種の目的を有するとはいえず許されない。これは受任者に自己資金による立替払を強要しないという同条項の趣旨に基づくものである。
問題の所在(論点)
委任者が、受任者から行使された代弁済請求権(民法650条2項前段)に対し、委任者が受任者に対して有する既存の金銭債権を自働債権として相殺することができるか。代弁済請求権が「同種の目的」を有する債権といえるかが問題となる。
規範
民法505条1項の相殺が認められるためには、債権の目的が「同種」であることを要する。民法650条2項前段の代弁済請求権は、受任者の債務を免脱させることを目的とする特殊な権利であり、通常の金銭債権とは目的を異にする。また、受任者は原則として立替義務を負わない(同法649条、650条2項前段の趣旨)。したがって、委任者の金銭債権を自働債権とし、代弁済請求権を受働債権とする相殺は、同種性の要件を欠き、受任者に立替を強要する結果となるため許されない。
重要事実
上告人は、被上告人に対し、個人として手形の割引(委任事務)を依頼した。被上告人は委任事務処理に伴い第三者に対して金銭債務を負担したため、民法650条2項前段に基づき、上告人に対し代弁済請求権を行使した。これに対し、上告人は被上告人に対して有する損害賠償請求権(金銭債権)を自働債権として、当該代弁済請求権と相殺する旨の抗弁を主張した。
あてはめ
本件における被上告人の代弁済請求権は、被上告人が第三者に対して負う債務を上告人に代わって弁済させ、被上告人を債務から免脱させることを目的とする。これに対し、上告人の自働債権は損害賠償請求権という通常の金銭債権である。もし相殺を許せば、被上告人は第三者への弁済資金を自ら調達しなければならず、実質的に受任者に立替払を強要することになる。これは、受任者に経済的負担をかけないという民法650条2項の趣旨に反する。また、代弁済請求権との相殺を認めることは、将来発生すべき費用償還請求権との相殺を認めるのと同等の結果を招き、相殺の要件(弁済期の到来等)にも反する。
結論
委任者が受任者に対する既存の金銭債権をもって、受任者の代弁済請求権と相殺することは許されない。したがって、上告人の相殺の抗弁を排斥した原判決は正当である。
実務上の射程
本判決は、代弁済請求権が「金銭の支払を求める権利」という形式を持つものの、その実質的な目的が「債務免脱」にあることを重視し、相殺を否定した。答案上、相殺の「同種性」や「性質上許されない相殺」の文脈で活用できる。ただし、判旨が言及するように、受任者が立替払の義務を負うなどの「特約」がある場合には、例外的に相殺が認められ得る点に注意を要する。
事件番号: 昭和62(オ)1385 / 裁判年月日: 平成3年12月17日 / 結論: 棄却
別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として、相殺の抗弁を主張することは、許されない。