「フエノチアジン誘導体の製法」に関する特許発明の明細書中の特許請求の範囲において、式 (化学式は末尾添付)の中の「甲は分枝を有するアルキレン基」とした記載が、当該特許発明の構成に欠くことができない事項の一に属するものであつて、その記載自体きわめて明瞭であり、また、それが「甲は分枝を有することあるアルキレン基」の誤記であるにもかかわらず、前者の記載のままでも発明所期の目的が失われるわけではなく、当業者であれば何びともその誤記であることに気づいて後者の趣旨に理解するのが当然であるとはいえない等判示の事情があるときは、右の「甲は分枝を有するアルキレン基」との記載を「甲は分枝を有することあるアルキレン基」と訂正することは、特許法一二六条二項にいう実質上特許請求の範囲を拡張するものとして許されない。
明細書中の特許請求の範囲における誤記の訂正が実質上特許請求の範囲を拡張するものとして許されないとされた事例
特許法126条
判旨
特許法126条2項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」か否かは、明細書全体の記載や発明の基本的思想ではなく、特許請求の範囲の記載を基準として判断すべきである。対世的な権利範囲を明確にする特許請求の範囲の重要性に鑑み、第三者の信頼を害する拡張や変更は許されない。
問題の所在(論点)
特許法126条2項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」にあたるか否かの判断基準(明細書全体の記載や発明の思想を基準とすべきか、特許請求の範囲の記載を基準とすべきか)。
規範
特許法126条2項が「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更」することを禁止する趣旨は、訂正の効果が遡及し(同法128条)、不特定多数の第三者に影響を及ぼすことから、第三者の不測の不利益を防止し、特許権者との利害の権衡を図る点にある。したがって、同項の該当性は、特許発明の技術的範囲の基準となる「特許請求の範囲」の記載を基準として判断すべきであり、明細書全体の記載や発明の基本的思想の同一性を基準とすべきではない。また、特許請求の範囲の記載自体が明瞭で、当業者が当然に誤記であると気付くような事情がない限り、記載を実質的に広げる訂正は許されない。
重要事実
特許権者である上告人は、特許請求の範囲における「甲は分枝を有するアルキレン基」との記載を、誤記であるとして「甲は分枝を有することあるアルキレン基」に訂正する審判を請求した。しかし、元の記載のままでも発明の効果は奏し得ること、および「分枝を有しないアルキレン基」の方がより良い効果を奏する場合があることから、当業者が当然に「分枝を有することある」の意であると理解する状況にはなかった。原審は、この訂正は実質的な拡張にあたるとして訂正を認めなかったため、上告人が上告した。
あてはめ
本件の「分枝を有するアルキレン基」という記載は、それ自体が極めて明瞭であり、他の記載を参酌せずとも理解可能である。また、その記載のままでも発明の目的効果が失われるわけではないため、当業者が当然に誤記と認識し、訂正後の意味に理解するとはいえない。そうすると、特許請求の範囲を信頼した第三者との関係では、本件訂正は「分枝を有しないアルキレン基」を新たに権利範囲に包含させることになり、形式のみならず実質的にも特許請求の範囲を拡張するものといえる。発明の基本的思想が同一であるとしても、第三者の利益を害する以上、同条2項に抵触する。
結論
本件訂正は実質上特許請求の範囲を拡張するものにあたり、特許法126条2項により許されない。上告棄却。
実務上の射程
訂正の許否判断において、特許請求の範囲(クレーム)の公示的機能を重視し、発明の詳細な説明による安易な拡張解釈を否定した。誤記の訂正(同条1項2号)であっても、客観的にみて誤記が明白でない場合には、第三者保護の観点から「実質的拡張」として厳格に制限されることを示している。答案作成上は、訂正要件の検討において「第三者の不測の損害」という観点から、クレームの文言を基礎に論じる際に引用すべき判例である。
事件番号: 昭和40(行ツ)31 / 裁判年月日: 昭和44年7月8日 / 結論: 棄却
原審認定の事実関係(原判決理由参照)のもとに蔚いて、審決引用の外国刊行物は、本件特許出願前わが国内において頒布され、その記載内容が公知の状態にあつたものというべきである。)(原審東京高裁昭和三五年(行ナ)第四二号昭和四〇・二・二五判決、行政例集一六巻二号二四七(頁登載一九事件参照。)