一 教科用図書の検定に当たり文部大臣が原稿記述に訂正、削除又は追加などの措置をした方が教科用図書としてより良くなるものとして指摘する改善意見は、これに応ずることを合格の条件とはせず、文部大臣の助言、指導の性質を有するものであって、これを付することは、教科用図書の執筆者又は出版社がその意に反してこれに服さざるを得なくなるなどの特段の事情のない限り、その意見の当不当にかかわらず、原則として、国家賠償法上違法とならない。 二 昭和五八年に申請された高等学校用日本史教科用図書の改訂検定を行うに当たり、文部大臣が、七三一部隊に関する記述につき、現時点ではまだ信用に堪え得る学問的研究、論文ないし著書が発表されていないので、これを取り上げるのは時期尚早であるとの理由で、右記述を全部削除する必要があるとの修正意見を付し、右削除を合格の条件としたことには、右検定当時、七三一部隊に関して多数の文献、資料が公刊され、七三一部隊の存在等を否定する学説は存在しなかったか、少なくとも一般には知られていなかったなど判示の事実関係の下においては、その判断の過程に、検定当時の学説状況の認識及び検定基準に違反するとの評価に関して看過し難い過誤があり、裁量権の範囲を逸脱した違法がある。
一 教科用図書の検定に当たって文部大臣が助言、指導の性質を有する改善意見を付することと国家賠償法上の違法 二 高等学校用日本史教科用図書の改訂検定に当たって文部大臣がこれに応ずることを合格の条件とする修正意見を付したことに裁量権の範囲を逸脱した違法があるとされた事例
学校教育法21条1項51条,旧教科用図書検定規則(昭和52年文部省令第32号)1条,旧教科用図書検定規則(昭和52年文部省令第32号)2条,旧教科用図書検定規則(昭和52年文部省令第32号)3条,旧教科用図書検定規則(昭和52年文部省令第32号)4条,旧教科用図書検定規則(昭和52年文部省令第32号)9条,国家賠償法1条1項
判旨
教科書検定における文部大臣の判断は、学術的・教育的な専門技術的裁量に委ねられるが、判断過程に当時の学説・教育状況の認識や基準適合性の評価について看過し難い過誤がある場合には、裁量権を逸脱・濫用したものとして国家賠償法上違法となる。
問題の所在(論点)
教科書検定制度の憲法適合性(検閲の成否等)、および検定における修正意見の付与が文部大臣の裁量権を逸脱・濫用した国家賠償法上の違法行為に当たるか。
規範
1. 憲法26条・13条・21条等との関係:国は子どもの成長と社会公共の利益のため、必要かつ相当な範囲で教育内容を決定する権能を有する。教科書検定は一般図書としての発行を妨げず発表禁止目的も欠くため、憲法21条2項の「検閲」には当たらない。また表現の自由への制限も、中立・公正の確保という公益目的から合理的かつ必要不可欠な範囲で許容される。 2. 裁量と違法性判断:検定の合否や修正意見の要否に関する文部大臣の判断は、専門技術的な合理的裁量に委ねられる。しかし、判断の根拠となる学説状況や教育的配慮の認識、あるいは基準へのあてはめにおいて「看過し難い過誤」があり、文部大臣の判断がこれに依拠したと認められる場合には、裁量権を逸脱・濫用したものとして国家賠償法一条一項の適用上、違法となる。
重要事実
高等学校用日本史教科書「新日本史」の執筆者である上告人に対し、文部大臣(当時)が検定過程で複数の修正意見(「南京大虐殺」「朝鮮人民の反日抵抗」「日本軍の残虐行為」「七三一部隊」「沖縄戦」等)を付し、一部の記述の削除や修正を事実上強制した。上告人は、これらの検定行為が検閲に当たり表現の自由等を侵害するほか、不当な修正を強いた裁量権の濫用であるとして、国家賠償請求を提起した。原審は一部の違法のみを認めたため、双方が上告した。
あてはめ
1. 「七三一部隊」の記述:検定当時、同部隊が細菌戦目的で生体実験を行った事実は、多数の文献で定説化しており、これを否定する有力説もなかった。それにもかかわらず、「時期尚早」として全削除を求めた修正意見は、当時の学説状況の認識において看過し難い過誤があり、違法である。 2. 「南京大虐殺」の記述:原稿の「日本軍は多数の中国軍民を殺害した」との記述に、軍の組織的命令があったと誤解されないよう「激昂裏に」等の修正を求めた点は、当時の研究水準に照らし裁量権の範囲内と解されるが、修正の経緯等の具体的事情により一部違法とされる余地がある(原審の判断を維持)。 3. 「反日抵抗」「残虐行為(貞操侵害)」「沖縄戦」:いずれも当時の学説状況が分かれていた、あるいは教育的配慮として特定の事項のみを強調しすぎると判断したことに合理的な根拠が認められ、裁量権の範囲内と評価される。
結論
教科書検定制度自体は合憲であるが、「七三一部隊」の記述削除を求めた点等、判断過程に看過し難い過誤がある修正意見については、裁量権を逸脱・濫用したものとして違法となり、国は賠償責任を負う。原判決を一部変更し、慰謝料40万円の支払いを認容した。
実務上の射程
行政庁に広範な専門的裁量が認められる場面(行政裁量)における司法審査の在り方として、「判断過程の合理性」を審査する「看過し難い過誤」の法理を確立した。司法試験においては、行政法の裁量審査、および憲法の教育権(学テ判決との関係)や表現の自由(検閲の定義)の論述において参照すべき最重要判例の一つである。
事件番号: 平成14(オ)1615 / 裁判年月日: 平成17年12月1日 / 結論: 棄却
1 学校教育法21条1項(平成11年法律第160号による改正前のもの),51条(平成13年法律第105号による改正前のもの),教科用図書検定規則(平成6年文部省令第3号による改正前のもの),旧高等学校教科用図書検定基準(平成5年文部省告示第134号による改正前のもの)に基づく高等学校用の教科用図書の検定は,憲法26条,…
事件番号: 平成19(受)808 / 裁判年月日: 平成20年6月12日 / 結論: その他
1 放送事業者又は放送事業者が放送番組の制作に協力を依頼した関係業者から放送番組の素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならない。もっとも,当…