1 放送事業者又は放送事業者が放送番組の制作に協力を依頼した関係業者から放送番組の素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならない。もっとも,当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において,取材担当者が,そのことを認識した上で,取材対象者に対し,取材で得た素材について,必ず一定の内容,方法により放送番組中で取り上げる旨説明し,その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは,取材対象者が上記のように期待し,信頼したことが法律上保護される利益となり得る。 2 放送事業者Y1の委託を受けた放送番組の制作等を業とするY2から,いわゆる従軍慰安婦問題を裁く民衆法廷を取り上げたテレビジョン放送番組の制作業務の再委託を受けたY3が,上記民衆法廷を中心となって開催したXに対して上記番組のための取材を行い,その後,Y1によって上記番組が放送された場合において,Y3の担当者が,Xに対して,上記番組が上記民衆法廷の様子をありのままに視聴者に伝える番組になるなどと説明して取材を申し入れ,上記民衆法廷の一部始終を撮影したなどの事実があったとしても,次の(1),(2)の事情の下では,上記民衆法廷をつぶさに紹介する趣旨,内容の放送がされるとのXの期待,信頼が法的保護の対象となるものとすることはできず,実際に放送された上記番組の内容が上記説明とは異なるものであったとしても,Y1〜Y3は,上記期待,信頼を侵害したことを理由とする不法行為責任を負わない。 (1) Y3による実際の取材活動は,そのほとんどが取材とは無関係に当初から 予定されていた事柄に対するものであって,Xに格段の負担が生ずるものとはいえないし,Y3による当初の申入れに係る取材の内容も,Xに格段の負担を生じさせるようなものということはできない。 (2) Y3の担当者のXに対する上記説明が,上記番組において上記民衆法廷について必ず一定の内容,方法で取り上げるというものであったことはうかがわれず,Xにおいても,番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が上記説明と異なるものになる可能性があることを認識することができたものと解される。 (1,2につき意見がある。)
1 放送事業者等から放送番組のための取材を受けた者において,取材担当者の言動等によって当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,信頼したことが,法的保護の対象となるか 2 放送番組を放送した放送事業者及び同番組の制作,取材に関与した業者が取材を受けた者の期待,信頼を侵害したことを理由とする不法行為責任を負わないとされた事例
(1,2につき)民法709条,放送法1条,放送法3条,放送法3条の2第1項,放送法3条の3第1項,憲法21条
判旨
放送事業者が番組制作において取材対象者の期待や信頼に反する編集・放送を行ったとしても、原則として不法行為上の違法性は認められないが、取材対象者の説明内容と著しく異なる放送がなされる等の特段の事情がある場合に限り、説明義務違反等として違法となり得る。
問題の所在(論点)
放送番組の制作過程において、放送事業者が事前の説明と異なる編集・放送を行ったことが、取材協力者の「期待や信頼」を侵害するものとして、不法行為法(民法709条)上の違法性を有するか。
規範
放送番組の編集は放送事業者の自律的判断に委ねられており(放送法3条)、取材対象者が期待する内容で放送される利益は、原則として法的保護の対象とはならない。もっとも、①放送事業者が特定の番組内容での放送を約束したと認められる特段の事情があり、②それにより生じた取材対象者の期待・信頼が法的保護に値する場合において、③その期待を著しく裏切る内容・方法で放送がなされたときは、期待・信頼を侵害するものとして、説明義務違反等の不法行為が成立し得る。ただし、編集の自由の重要性に鑑み、その範囲は限定的に解すべきである。
重要事実
(1)被上告人(放送事業者)は、「女性国際戦犯法廷」を題材とした番組制作に際し、上告人(同法廷主催団体)に対し、法廷の趣旨を正当に伝えるドキュメンタリー番組にする旨を説明し、協力を得た。(2)実際の放送では、法廷に批判的な学者のコメントが挿入され、上告人が重視した証言や判決内容が大幅にカットされた。(3)上告人は、被上告人が事前の説明と著しく異なる編集を行い、期待を裏切ったとして、不法行為(期待権侵害・説明義務違反)に基づく損害賠償を請求した。
あてはめ
(1)被上告人の担当者が「法廷を真正面から取り上げる」等の説明をした事実は認められるが、これは番組の編集方針に関する概括的な説明に留まり、特定の証言の放送や構成を確定的に約束したものとはいえない。(2)放送法上、番組編集は放送事業者の権限であり、取材協力者は編集過程で内容が変更され得ることを受容すべき立場にある。(3)本件番組の内容は上告人の意図とは異なるものであったが、ドキュメンタリーとしての体裁を著しく逸脱し、上告人を誹謗中傷するような態様とまではいえない。したがって、上告人の期待・信頼が、編集の自由を制約してまで保護されるべき法的利益に達しているとは認められない。
結論
被上告人の行為に不法行為上の違法性は認められず、上告人の請求は棄却されるべきである。
実務上の射程
報道の自由・編集の自由が強く尊重される一方、取材対象者への誠実な対応が欠如し、説明内容を根本から覆すような背信的編集がなされた場合には、損害賠償責任が生じる余地を残した事例。
事件番号: 平成8(オ)220 / 裁判年月日: 平成9年5月27日 / 結論: 破棄差戻
一 新聞記事による名誉段損にあっては、これを掲載した新聞が発行され、読者がこれを閲読し得る状態になった時点で、右記事により事実を摘示された人が当該記事の掲載を知ったかどうかにかかわらず、損害が発生する。 二 名誉殿損による損害が生じた後に被害者が有罪判決を受けたことは、これにより損害が消滅したものとして既に生じている名…