売主が手付けの倍額を償還して売買契約を解除するためには、買主に対して右額の現実の提供をすることを要する。
手付けの倍額の償還による売買契約の解除と現実の提供の要否
民法493条,民法557条1項
判旨
売主が手付解除(民法557条1項)をするには、単に手付倍額を償還する旨を告げて受領を催告するのみでは足りず、現実の提供をすることを要する。
問題の所在(論点)
民法557条1項に規定される売主の手付解除要件である「倍額を償還」することの意義について、口頭の提供(493条但書参照)で足りるか、それとも現実の提供を要するか。
規範
民法557条1項に基づく売主による手付解除には、手付の「倍額を償還」することが必要である。この「償還」とは、手付放棄による解除をする買主との均衡、および条文の文言から、債務の履行(493条)と同様に原則として「現実の提供」を要すると解すべきである。したがって、単なる口頭の提供(口頭による償還の申入れと受領催告)では足りず、相手方の支配領域に置いたと同視できる状態にする必要がある。
重要事実
売主(上告人)と買主(被上告人)の間で売買契約が締結され、手付金が交付された。その後、売主は買主に対し、手付金の倍額を支払う旨を口頭で申し入れ、受領を催告したが、現金の持参や銀行保証小切手の交付などの現実の提供は行わなかった。売主はこれをもって契約を解除したと主張したため、解除の有効性が争われた。
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
あてはめ
本件において、売主は買主に対し、手付倍額を支払う旨を口頭で伝えたにとどまり、これ以上に現実の提供をした事実は認められない。手付解除は権利行使の積極的要件であり、買主が解約を望まない場合であっても、売主が確実に倍額を返還する準備を整え、買主が直ちに受領可能な状態に置く必要がある。口頭の提供のみでは、買主に現実の利得を帰属させる「償還」の要件を満たしたとは評価できず、契約解除の効果は生じない。
結論
売主の手付解除は無効である。手付の倍額を「償還」したといえるためには、原則として現実の提供が必要であり、口頭の提供のみでは解除は認められない。
実務上の射程
手付解除を主張する売主側の主張の当否を検討する際に用いる。493条但書の「口頭の提供」の類推適用を否定する趣旨であり、判旨の補足意見によれば、現金そのものだけでなく、銀行保証小切手など現金の授受と同視し得る経済上の利益を相手方の支配領域に置くことが実務上の要諦となる。
事件番号: 昭和55(オ)469 / 裁判年月日: 昭和57年6月17日 / 結論: 破棄差戻
農地の買主が約定の履行期後売主に対してしばしば履行を催告し、その間農地法三条所定の許可がされて所有権移転登記手続をする運びになればいつでも残代金の支払をすることができる状態にあつたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法五五七条一項にいわゆる「契約の履行に着手」したものと認めるのが相当である。
事件番号: 平成1(オ)1004 / 裁判年月日: 平成5年3月16日 / 結論: 破棄自判
土地及び建物の買主が、履行期前において、土地の測量をし、残代金の準備をして口頭の提供をした上で履行の催告をしても、売主が移転先を確保するため履行期が約一年九か月先に定められ、右測量及び催告が履行期までになお相当の期間がある時点でされたなど判示の事実関係の下においては、右測量及び催告は、民法五五七条一項にいう履行の着手に…
事件番号: 昭和27(オ)480 / 裁判年月日: 昭和29年7月6日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産の贈与において、書面によらない場合であっても、当該不動産の所有権移転登記が完了したときは、民法550条にいう「履行の終わった」ものと解され、もはや贈与の解除をすることはできない。 第1 事案の概要:本件は、書面によらずになされた不動産の贈与について、贈与者が民法550条に基づき贈与の撤回(取…