交通事故によって被った損害の賠償を求める訴訟の控訴審係属中に、加害者が被害者に対し、第一審判決によって支払を命じられた損害賠償金の全額を任意に弁済のため提供した場合には、その提供額が損害賠償債務の全額に満たないことが控訴審における審理判断の結果判明したときであっても、原則として、その弁済の提供はその範囲において有効であり、被害者においてその受領を拒絶したことを理由にされた弁済のための供託もまた有効である。
交通事故による損害賠償債務についての一部の弁済の提供及び供託が有効である場合
民法493条,民法494条
判旨
交通事故の損害賠償訴訟において、加害者が第一審判決の命じた支払額全額を弁済提供・供託した場合、その額が真実の損害額の一部であっても、原則としてその範囲で有効な弁済となり、遅延損害金発生等の債務不履行責任を免れる。
問題の所在(論点)
交通事故の損害賠償債務について、一部弁済の提供(民法493条参照)や供託(同494条)がなされた場合、それが第一審判決の認容額全額であれば、真実の債務額に不足していても有効な弁済提供・供託として認められるか。
規範
交通事故の損害賠償請求において、加害者が第一審判決で命じられた額の全額を提供・供託した場合は、後の審理でその額が損害全額に満たないことが判明しても、原則としてその提供は提供額の範囲で有効なものとなり、これに基づく供託も有効である。これは、債務全額が判決確定まで客観的に確定しない交通事故の特質に鑑み、当事者間の公平を図る趣旨である。
重要事実
歩行中の事故で重傷を負った上告人A1及びその妻A2が、加害者B1及びその任意保険会社B2に対し、損害賠償等を求めて提訴した。第一審判決は、B1に対しA1へ約2736万円、A2へ220万円等の支払を命じ、B2に対しても同額の支払を命じた。上告人らは額を不服として控訴し、請求を拡張した。B2は控訴審において、一審判決認容額全額の弁済の提供(本件提供)をしたが拒絶されたため、同額を供託した(本件供託)。その後、控訴審判決はA1の損害額を一審より高額の約5226万円と認定したが、本件供託によりその範囲で債務は消滅したと判断したため、A1らがこれを不服として上告した。
あてはめ
加害者は判決確定まで自己が負担する客観的な債務全額を知り得ない。本件でB2は第一審判決が命じた全額を提供・供託しており、これに対し遅滞や免責を認めないのは加害者に酷である。他方、被害者は一部弁済として受領・還付を受けることが可能で、不利益を被らない。したがって、B2が提供したA1分(約2736万円)及びA2分(220万円)は、たとえA1の真実の損害額(約5226万円)に満たないものであっても、その提供額の範囲において有効と解される。よって、本件供託により当該範囲の債務は消滅したといえる。
結論
本件提供及び供託は、提供額の範囲において有効であり、その限度で被上告人らは債務を免れる。
実務上の射程
本判決は金銭債務の一部弁済の提供に関する一般原則(全額でない限り有効な提供とならない)の例外を、交通事故訴訟の特質に鑑みて認めたものである。答案上は、不法行為の損害賠償額が確定しにくい点や、第一審判決への信頼、当事者間の公平を根拠として「一部弁済の有効性」を肯定する論拠として用いる。
事件番号: 昭和58(オ)760 / 裁判年月日: 昭和62年5月29日 / 結論: その他
一部保険の保険者が第三者の行為によつて生じた保険事故に係る損害の一部を被保険者に填補した場合において、被保険者が第三者に対して有する債権の額が損害額を下回るときは、右保険者は、右債権のうち填補した金額の損害額に対する割合に応じた債権を取得する。